神殺しのクロノスタシスⅣ

「それで、エリュティア…。何をするんだ?」

わざわざ、俺の「復旧作業」を止めたのだ。

何かやることがあるのだろう。

「あ、はい。犯人が分からないということだったので…『痕跡』を探ってみます」

と、言われて得心を得た。

成程、エリュティアが派遣されてきたのは、それが理由だな。

エリュティアと言えば、聖魔騎士団魔導部隊では、右に出る者がいない探索魔法のプロ。

彼の手にかかれば、どんなに巧妙に姿を隠していようが、全て筒抜けと言っても過言ではないのだ。

「ちょっと、探してみますね…。hearcs」

エリュティアは杖を手に、瞳を閉じて魔法をかけた。

今彼は、この場に残った犯人の「痕跡」を、探っているところだ。

彼が辿るのは、指紋や髪の毛などの、物的な証拠だけではない。

この場にいた人間の気配や、残留思念のようなものも、全てを感じ取る。

並みの魔導師では出来ない、正直俺でさえ出来ない芸当だ。

数十秒ほど、探索魔法をかけたエリュティアは。

やがて、目を開いて杖を戻した。

「…どうだ?」

何か、感じ取れるものはあったか?

「はい。犯人の顔が見えました。それから、犯行時刻や犯行手段も…。使った爆発物の種類も見えました」

な?

エリュティアが一人いたら、もう、警察要らないよ。

探索魔法一つで、犯人の顔まで割れてしまうのだから。

…それにしても。

「顔まで見えるとは…。もしかして、犯人は普通の人間か?」

「そうみたいですね」

魔導師や、それこそ『アメノミコト』の暗殺者達は。

この世には探索魔法という魔法が存在し、更に聖魔騎士団には、探索魔法のプロ、エリュティアがいることを知っている。

だから、そういう「事情通」が犯人なら、決してエリュティアが辿れるような、「痕跡」は残さない。

『アメノミコト』の暗殺者なんて、良い例だ。

あれだけ派手に暴れておきながら、エリュティアが辿れる「痕跡」は、全くと言って良いほど残していない。

お陰で今でも、『アメノミコト』の本拠地を探すのに難儀しているところだ。

それが、今回はどうした。

あっさりと、犯人の顔まで割れてしまった。

今までの相手が悪かったというだけで、本来エリュティアの探索魔法なら、このくらい序の口なんだけどな。
「もう分かったので、あとは羽久さん、直してもらえますか?」

と、改めてエリュティアが言った。

よし来た。任せろ。

「犯行時刻は…いつ頃だったんだ?」

「本当に、日が昇る寸前ですね。午前三時頃…」

そんな時間からまた、ご苦労なことだな。

しかし、俺達聖魔騎士団の魔導師が来たからには。

そのご苦労な仕事を、一瞬出なかったことにしてやろう。

「じゃ、それより前の時間に『戻せば』良いんだな」

「はい、お願いします」

俺は、杖を持つ手に力を込め、魔力を注ぎ込んだ。

俺のお得意の、時魔法だ。

この、壊れた線路一帯を、壊れる前、午前三時より前の時間に「戻す」。

「eimt…eestorr」

俺が魔力を注ぎ込んだ、その瞬間。

みるみるうちに、線路はもとの姿を取り戻した。

時魔法によって、この壊れた一帯を、壊れる前の状態に「戻した」のだ。

「…さすがだな」

と、無闇は感嘆の声をあげた。

「はい…さすが羽久さんです」

エリュティアも同意。

「こんなことが出来る時魔法使いは、なかなかいないからね〜」

何故か我が事のように得意げなシルナ。

褒めてくれるところ有り難いが、俺なんてまだまだ素人みたいなもんだ。

「前の」俺に比べたらな。

とはいえ、俺の時魔法が、それなりに熟練していることは事実。

自分で言うのは、自画自賛みたいで嫌だが。

まず、時魔法という魔法そのものが、非常に高難度で、使える魔導師も限られる上。

これだけの範囲を、これだけの速さで、しかも何時間単位の時間を動かせる時魔導師は、まず存在しない。

何が言いたいかと言うと、それだけ時魔法は、難しく、そして使える者を選ぶ魔法だということだ。

運良く、俺はその才能に恵まれたが。

さっきも言った通り、これは多分、俺の持つ才能ではない。

「前の」俺の才能を、ちょっとばかし分けてもらった程度なのだ。

それでも。

こうして、人の役に立てるのだから…あながち、捨てたものではない。
ついさっきまで、ボロボロだった線路が。

一瞬のうちに、もとに戻ったのを見て。

駅長さんを始め、駅員さん達は、皆唖然とし。

それから、涙を流さんばかりに、感謝の言葉を頂いた。

何なら金一封を用意しようとする駅長さんに、「こっちは仕事で来てるだけだから」と必死に辞退。

それよりも、列車の運転再開を優先して欲しいと頼んだ。

幸い列車には被害は及んでおらず、線路さえ直れば、すぐ発車出来る状態だそうで。

あと10分ほどで、全便運行を再開するとのことだった。

ようやく、一息つけたな。

「…それで」

と、一仕事終えたエリュティアが言った。

「僕達は、もうやることは終わったので、空間魔法で王都に帰りますが…。学院長先生達はどうされます?」

「私達は…外にヘーゼルちゃん、えぇと、生徒を待たせてるから、生徒と一緒に、列車で王都に帰るよ」

シルナなら、そう言うと思った。

生徒を置き去りにして、自分だけ先に帰るなんてことは有り得ない。

ヘーゼルの他にも、可能な限りうちの生徒を見つけ、皆で帰ろうと思っているのだろう。

その方が良い。

運転が再開されたからって、この群衆が一度に大移動しようとしているのだから、大変だ。

列車は当然、待ち切れない乗客達で満員だろうし。

何本か列車を見送って、ある程度乗客の数が落ち着いてから、ゆっくり戻れば良い。

無理に始発に乗って、さっきのヘーゼルみたいに突き飛ばされたり。

ぎゅうぎゅう詰めの列車で疲労困憊して、学院に辿り着くなり、バタンと倒れたんじゃ、話にならない。

「そうですか。それじゃ…僕達はここで…」

「いや、待て」

エリュティアが、軽く会釈して立ち去ろうとした瞬間。

無闇が、そんなエリュティアを止めた。

…?何だ?

「どうかしたのか、無闇?」

「この際だ。イーニシュフェルト魔導学院の代表である二人にも、話しておいた方が良い」

無闇は、エリュティアに向かってそう言った。

…話…?

「で、でも…まだこの話は極秘にと…シュニィ隊長が」

「一般魔導師達には、だろう?隊長達は皆知っているし、何より彼らは、れっきとした聖魔騎士団魔導部隊の一員で、しかも特務隊隊長と、部隊の名誉顧問だ。話しておいて問題ないだろう。いや…むしろ、話しておくべきだろう」

「…」

「それに、いずれはイーニシュフェルト魔導学院の面々にも、遅かれ早かれ知らされることになるはずだ。なら、多少早くなるだけだ」

「そう…かもしれませんね。確かに…良い機会です」

と、二人は言った。

何の話だ?

「お互い、あまり時間がないので、簡潔に話しますが…。…近頃、国内の魔導師排斥運動が、高まっているようなんです」

突然の、エリュティアの報告に。

俺もシルナも、思わず仰天してしまった。
魔導師排斥運動。

これは、ルーデュニア聖王国に限らず、全国各地で、少なからず起きてきる運動だ。

これらを行うのは、魔法を忌み嫌い、魔導師の存在を危険視する、所謂魔導師排斥論者達。

人智を超えた力を、人が手にすることをタブーとみなしている人々だ。

彼らはいつだって、大なり小なり、歴史の中に存在してきた。

俺は、他ならぬ魔導師だから、無論、魔導師排斥論者の肩を持つ訳にはいかないが。

しかしある意味では、彼らのような存在は、いて当然だと思っている。

この世界にいる全ての人間が、魔法を使える訳ではない。

魔法を扱えるのは、人並み以上の魔力と、そして生まれながらに持つ、魔導適性が必要だ。

この魔導適性というものが曲者で、これは努力や勉強によって身につくものではない。

人が生まれながらに持っている、才能のようなもの。

どんなに保有魔力量が多かろうが、どんなに強く魔導師になりたいと望もうが、魔導適性がなければ、魔導師にはなれない。

これだけは、本人の意志では変えようがない。

そして、生まれながらに魔導適性に恵まれた者だけが、人智を超えた力を扱い、行使する権利を与えられる。

故に、魔導適性を持たざる者は、魔導師達を妬み、憎み、忌み嫌うのだ。

彼らからすれば、俺達魔導師は、ただ魔導適性に恵まれて生まれたというだけで。

当たり前のように人智を超えた力を行使し、人々を高みから見物して嘲笑う、傲慢な権威主義者のように見えるのだろう。

無理もない、と思う。

誰だって、自分には出来ないことを、当たり前のように出来ている人を見れば。

そりゃ妬みもするし、逆恨みもする。

ましてや、その魔導師が、己の才能に驕ることなく、謙虚な態度でいるならまだしも。

「自分はお前ら平民とは違う、魔導師様なのだ」と、偉そうに威張っている魔導師も、一定数いるのが現状。

同じ魔導師として、情けないの極みだが。

実際、そういう魔導師達もいるのだ。

そんな魔導師を見ていれば、魔導師排斥論者が唾を飛ばして、魔導師の存在を否定するのも、頷けるというものだ。

それに、魔導師排斥論者が憂慮しているのは、魔導師の存在だけではない。

その魔導師が使う、魔法そのものにも難色を示している。

魔法とは、言うまでもなく、人の扱える力を超えた、自然の摂理に触れるもの。

先程、俺達がやったこともそうだ。

一般人なら、列車に揺られて長旅をしなければならない距離でも。

空間魔法を使えば、一瞬でひとっ飛び。

さながら瞬間移動だ。

さっきの、線路の故障だってそうだ。

本来ならシャベルで瓦礫を退かし、更に重機を入れて地面を平らにし、それから線路を敷き直して…と、数日がかりで直さなければならなかったものを。

俺の時魔法で、あっという間に、まるで何事もなかったかのように、直すことが出来る。

このような、ある意味反則紛いの力を、当たり前のように行使する。

魔導師排斥論者は、この力そのものを、危険視しているのだ。

力というものは、強大であればあるほど、使いようによっては多くの人々を傷つける。

全ての魔導師が、シルナのように馬鹿みたいに善人で、お人好しなら話は早いが。

そんなはずはない。魔導師だって、一人の人間なのだ。

この人智を超えた力で、悪事を働く者もいれば。

それこそ、人を傷つける為に魔法を使う、愚か者だっている。

そんな魔導師を見ていれば、魔導師排斥論者が生まれるのは、当たり前のことだと俺は思う。

誰もが皆、善人ではないのだ。

力があれば、良い方に使う者もいれば、悪い方に使う者もいる。

そしてその力で、傷つけられ、血を流す者もいるのだ。

だったら、魔導師なんて存在は、この世界には必要ない。

そう考え、魔導師を国の中から撲滅し、普通の人間だけの、健全な国であろう。

そんな主義を掲げているのが、魔導師排斥論者達である。

そして、今。

その魔導師排斥論者達の動きが、活発化し。

魔導師排斥運動の動きが高まっていると、エリュティアは言った。
小一時間ほど、駅構内を駆け回り。

ヘーゼルとマリアンナを含め、およそ20名弱の生徒を見つけた。

ほぼ、シルナの目のお陰だ。

彼らは今制服を着ていないから、俺にはなかなか判別するのが難しかったのだが。

制服だろうが私服だろうが、自分の生徒を見分けるには関係ないシルナは、

「はっ!あそこにうちの生徒が!」とか。

「はっ!あそこにラウル君が!」とか言って。

ゴキブリの如き素早さで、生徒を見つけ出していった。

よく集めたもんだよ。

しかし、それでも集まったのは、20名弱。

帰ってこなかった生徒は、およそ50名。

残りの30人は、どうしているのだろう?

俺達が見落としたが、それとも別の手段で、セレーナまで帰っているのだろうか?

とにかく、無事なら良いのだが。

先程不穏な話を聞いてしまったが為に、余計心配になってくる。
と、思ったが。

学院に帰ってきたときには、そんな俺達の心配は、杞憂に終わっていた。

俺達が、20人を連れて学院に戻ると。

そのときには既に、何名かの生徒が学院に辿り着いていた。

なんと、あのごった返した駅で、運転再開直後の第一便に乗れたらしい。

とはいて、やはり相当無理をしたらしく、学院に辿り着いたときには、ぐったりしていたそうな。

養護教員でもある天音の指示で、今日は学生寮でゆっくり休むように言いつけられ。

今は、学生寮で休んでいるとか。

だから、無理して欲しくなかったんだよ。

で、他の生徒はどうなったか。

ある者は、上手いこと長距離バスに乗って、バスで戻ってきたり。

シャネオンでも、海に近い港町方面に住む生徒は、なんと船を乗り継いで、戻ってきたそうだ。
 
成程、船という手段もあったか。

とはいえ、皆考えることは同じで、船の方も、かなりごった返していたそうだが。

それでも、駅よりはマシだったみたいだ。

そして残りの生徒は、親が駅の惨状を見て、「これは今日帰らせるのは無理」と判断し。

学院に連絡を入れ、一日帰るのを遅らせて欲しいと頼んできたそうだ。

ある意味、これが一番賢明な判断だったかもしれないな。

勿論イレース達はこれを承諾、遅れても良いから、安全に戻ってくるよう伝えてくれたそうだ。

これで、明日には、残りの生徒が戻ってくるだろうな。

ようやく、一安心だ。
さて、生徒の問題は、それで解決したが。




俺達は南方都市シャネオンの駅で、聖魔騎士団魔導部隊の二人に、不穏な話を聞かされている。

そのことを、イレース達にも伝えておかなければなるまい。

そう思って俺とシルナは、放課後、教員達を学院長室に召集した。





まずは、今日の経緯から話そう…と、思っていたのだが。

「成程、シャネオンに着いたら、聖魔騎士団から派遣された魔導部隊大隊長二人と偶然合流。線路が何者かに爆破されていて、その何者かは、最近謎の活発化を見せている、魔導師排斥論者の仕業だったんですね」

「…そうだよ」

ナジュが、俺とシルナの心を読んで、説明するまでもなく要約しやがった。

ご苦労さん。余計なお世話だこの野郎。

丁寧に訳してくれやがって。

「そ、それはまた…。えぇと…情報量過多で、大変ですね…」

と、天音。

本当にな。だから順を追って説明しようとしたのに。

この読心魔法教師が、一気に全部喋りやがった。

「魔導師排斥論者の仕業…?一体何事があって、そんな連中が駅爆破なんかするんです」

イレースは、眉をひそめて言った。

彼女の中で、その言葉が引っ掛かったらしい。

何にせよ、自分の立てた完璧な授業計画を台無しにした者は、誰であっても許さないというスタイルだな。分かる。

お前はそういう奴だよ。

「さぁ、どういう意図があってやったのかは…。少なくとも、犯行の時間帯を考えても、誰かを殺したかった訳ではないみたいだね」

「殺さなかったら、人様に大迷惑をかけて良いとでも?全く、腹の立つ連中です」

おぉ怖っ。

魔導師排斥論者の連中の前に、イレースを一人連れてきたら、あまりの恐ろしさに手出し出来なさそうだな。

「しかし、その辺ルーデュニアは緩いと思ってたのに、そうでもないんですねぇ」

と、ナジュが言った。

緩い?何が?

「だって、僕がルーデュニアに来てから、魔導師排斥運動なんて、聞いたことありませんよ。ルーデュニアは比較的、魔導師に寛大な国だと思ってたのに」

それは…。

「僕も、同じことを思った。色んな国を回ってきたけど、ルーデュニアはかなり、魔導師に優しい国だよね」

と、ナジュと同じく、各地を回ってきた経験のある天音が言った。

「全くですよ。僕が生まれた国なんて、魔導師と非魔導師が、血で血を洗う戦争してたくらいですよ。それを思えば…」

「うん。僕も、そんな国を見たことがある。そういう国の魔導師は、優遇どころか、酷く虐げられて…。居心地が悪かったから、僕はすぐに出ていったけど…」

二人は、続けて言った。

…まぁ、そういう国もあるよな。

むしろ、ナジュの言う通り、ルーデュニア聖王国が、特別魔導師に寛大な国なのだ。

これが他の国だと、そうはいかない。
前述の通り、魔導師とは、人智を超えた力を持つ者。

そんな存在を、危険視する人間がいるのは当たり前だ。

だから魔導師排斥運動は、何処の国でも、必ずと言って良いほど存在する。

だが、その魔導師排斥運動の規模は、国によってまちまちだ。

ナジュや天音の言うように、魔導師の立場の方が低く。

怪しげな術を使う危険人物だとして、意図的に魔導師を弾圧する国もある。

魔法の概念が浸透していない国では、魔導適性を持っているというだけで、「異常者」のレッテルを貼られることさえある。

その点、ルーデュニア聖王国は、その真逆の国だ。

今日も、見ただろう?あの駅長さん達の対応を。

聖魔騎士団から、魔導師が派遣されてきたというだけで。

わざわざ駅長が出てきて、深々と頭を下げ。

魔導師に「様」までつけて呼び、俺達魔導師の魔法を、有り難いものとして尊敬の眼差しで見てくれた。

国によっては、良かれと思って魔法を使ったら、「余計なことをするな、呪い師風情が!」と石を投げられてもおかしくはないのだ。

そんな国には、イーニシュフェルトのような魔導師養成校もないし。

当然、聖魔騎士団魔導部隊のような、魔導師による国軍も存在しない。

そういう国では、魔導師は「異端者」だからだ。

ならば何故、このルーデュニア聖王国が、こんなにも魔導師に優しい国になっているのか。

その理由はまず、この国の女王である、フユリ・スイレン女王陛下が、魔導師に寛容な考えを持つ人物であるから。

彼女は魔導師を危険な人物ではなく、むしろ人智を超えた力をもって、国に貢献してくれる人物だと定義している。

だからこそ、聖魔騎士団に魔導部隊を作ることを許可し、魔導師養成校の創設にも積極的に着手する。

勿論、魔導師が危険な存在である可能性も、分かっていない訳ではない。

魔導師の危険性を知っていながら、それでいてなお、魔導師に正しい倫理観を求め、その力を人の為、国の為に使うよう期待している。

だから、そんな寛容な雰囲気の中で育つルーデュニアの魔導師達は、自然とその期待に応えようと、正しい倫理観を持った魔導師が増える。

魔導師達は人の為に魔法を使い、それによって助けられた人々は、魔導師に敬意を評し、自然と魔導師に寛容になる。

そんな空気を、そんな倫理観を、この国に植え付けたのだ。

フユリ・スイレン女王陛下と…。

そして、ここにいるシルナ・エインリーが。

表沙汰には知られていないし、ルーデュニア聖王国建国の歴史を紐解いても、シルナの名前は出てこない。

しかしその実、この国の建設には、シルナが深く関わっている。

あの頃は「前の」俺だったから、俺はよく知らないのだが…。

シルナは、自分と「前の」俺が、居心地良く…いや、都合良くルーデュニアに住めるよう。

裏から手を回し、現在のルーデュニア聖王国が出来上がっている。

シルナも、俺の心を読んでいるはずのナジュも、事情を察していながら、何も言わないが。

ルーデュニア聖王国は意図的に、魔導師に優しい国になるよう、作られているのだ。

だから、これまで魔導師排斥論者は、一定数存在してはいるものの、その存在が表に出てくることは、ほとんどなかった。

あったとしても、結局丸く収まっている。

この国は、「魔導師なんて危険だ。淘汰すべきだ」なんて、人前で言えば。

「この人は何を言ってるんだ?」と、眉をひそめられる国なのだ。

むしろ、魔導師排斥論者の方が、異端視されるほど。

だからこれまで、魔導師の立場が揺るがされるようなことはなかったし。

魔導師排斥運動が、活発化することもほぼなかった。

それなのに、今回はまた…一体どうして、こんなことになったのか。

俺にも、見当がつかない。