「こちらです…」
と、駅長さんに説明されるまでもなく。
現場を見れば、一目瞭然だった。
「これは…酷いね」
思わず溢したシルナの一言に、皆が同意した。
線路が。
列車が走るはずの線路が、木っ端微塵になっている。
まるで、そこだけ隕石でも落ちたんじゃないのか?と思うほど。
線路の一部、およそ100メートルほどの線路が、ボロボロに砕けている。
辺りには、破壊された線路の破片や瓦礫が散らばり。
ヘルメットを被った作業員達が、シャベルを使って、必死に瓦礫を撤去していた。
しかし、ここまで破壊されていては。
シャベルで瓦礫を全て撤去しようと思えば、日が暮れるどころか、翌朝を迎えても、まだ瓦礫の方が多いだろう。
成程、これじゃあ列車は走れない。
今日中どころか、明日も無理かもしれないな。
それに、瓦礫を退かしたところで、また線路を繋ぎ直さなければならない。
明日どころか、明々後日も多分無理。
「一体、どうしてこんなことに?」
と、エリュティアが尋ねた。
それ、切実に俺も知りたい。
すると駅長さんは、一同が驚愕する、まさかの事実を述べた。
「それが…。その…。私も現場を見た訳ではないのですが…。状況から察するに、何者かが爆発物を持ち込み、故意に線路を破壊したものと思われます」
「は…!?」
爆発物を持ち込んで…破壊した、だと?
「えっ…。だっ…大丈夫なの?それ。怪我人は?」
シルナが、慌てて尋ねた。
まず気にするのは、人命だ。
本当に線路が爆破されたなら、その爆破に巻き込まれて、怪我をした人がいるかもしれない。
ましてや、この規模の爆発だ。
巻き込まれれば、怪我だけでは済まないかもしれない。
最悪、死者が出ていても…。
しかし。
「爆破されたのは、始発より前の時刻だったので、乗客は一人もいませんでした。駅員も、当直の駅員がいましたが…駅員室にいたので、誰も巻き込まれていません」
それを聞いて、心底安心した。
確かにこれは一大事だが、しかし怪我人や、ましてや死人が出なかったのは、不幸中の幸いというもの。
「じゃあ、怪我人はいなかったんだね?」
「はい。一人も…。精々、爆破音を聞いて駆けつけた当直の駅員が、現場を見て腰を抜かしたくらいで…」
「…はは…。それは、無理もないよ…」
その当直の駅員は、気の毒だったが。
腰を抜かしたくらいなら、可愛いものだ。
無事で良かった。
それで、怪我人がいないことが確認出来たなら。
次に確かめるべきことは…。
「その、爆発物を持ち込んだ人物というのは?」
俺が聞く前に、すかさず無闇が尋ねた。
聞かれると思っていた、というように、駅長さんは頷いた。
「はい…。それが、爆破音を聞いた駅員が、現場に駆けつけたときには…既に誰もいなくなっていて…」
「…」
「現場に、爆発物と見られる残骸が残っていたので…。恐らく、夜間に何者かが線路内に忍び込み、爆発物を仕掛け…」
「朝になるのを待って、ドカン…ってことか」
「はい、恐らくは…」
成程ね。
怪我人が出なくて良かった、と先程言ったが。
本当に良かったと思う。
もし、少しでも時間帯がズレていたら。
それこそ朝のラッシュ時に、爆破されていたら。
その列車の中には、きっとヘーゼルや、他の生徒達も乗っていたかもしれない。
それどころじゃない、無辜のシャネオン市民が、大勢犠牲になっていたかもしれないのだ。
そう思うと、背中が冷たくなる。
「夜間の間に侵入…か。夜間と言える根拠は?昼間の間に、乗客の誰かが、爆発物を線路に仕込んでいた可能性は?」
と、無闇が尋ねた。
確かに。
夜間に忍び込むより、昼間のうちに乗客に紛れて、爆弾を仕込む方が、楽っちゃ楽だ。
いや、むしろ昼間は人目につくから、敢えて夜間にしたとか?
「いえ、毎晩終電の後に、列車内や線路内の確認作業をしているので。怪しいものがあれば、全て回収する手筈になっているのです」
と、駅長さんは答えた。
そうなんだ。
そこまで、セキュリティは甘くないということか。
「そして、昨晩の点検では、怪しいものは何も見つかりませんでした」
そうか。
じゃあ犯人は、終電後の点検も承知の上で、周到に準備をし。
点検が終わり、駅員達が撤収した頃を見計らって、こっそり線路内に入り込み。
爆発物を仕掛けて、その場を去り。
朝になるのを待って、起爆した…ってことだな。
どうやら犯人は、線路を壊すことが目的だったようだな。
犯人が現場にいなかったのなら、使われたのは遠隔操作式か、時限式の爆弾。
任意のタイミングで、いつでも起爆出来たはず。
つまり、俺がさっき考えた、最悪のタイミング…。
朝のピーク時に起爆しようと思えば、出来たはずなのだ。
しかし犯人はそれをせず、敢えて人のいない時間帯に起爆させた。
人を殺す意志はなかった、ということだ。
だからって、線路を壊して良いのかと聞かれたら、そんな訳ないけど。
見てみろ、その悪党のせいで、どれだけの人間が迷惑を被っているか。
危うく、ヘーゼルも怪我をしかねないところだったんだぞ。
おまけに、遥々聖魔騎士団から、エリュティアと無闇まで駆り出された。
大悪党だ。
「成程ね…。じゃあ、現時点では、犯人は分からない…と」
「…面目次第もございません…」
駅長さんは、またしても深々と頭を下げたが。
「いやいや、あなたが悪いんじゃないから…」
「いえ、私の管理不足のせいで、このような事態を招いてしまい…」
もう、「切腹しろ」と言われたら、本気で実行しかねないほど、申し訳無さそうに頭を下げる駅長さん。
気の毒過ぎて、見ていられない。
恐らく、シルナも俺と同じことを思ったのだろう。
「羽久、お願い出来る?」
と、尋ねてきた。
「当たり前だ」
そう答えて、俺は杖を取り出した。
「駅長さん。悪いが、線路内にいる作業員を全員撤収させてもらえないか?」
俺は、駅長さんにそう言った。
「え…?で、ですが…復旧作業を…」
「大丈夫だ。何の為に、聖魔騎士団魔導部隊が来たと思ってる?すぐに『復旧』してみせるよ」
「それに、爆発が起きたのなら、まだ崩落や倒壊の危険もある。後のことは、我々に任せて欲しい」
俺と無闇が、続けてそう言った。
その通り。
折角、今のところ怪我人はゼロで抑えられているのだ。
この後、二次災害で怪我人が出ました、なんて事態に発展したら、目も当てられない。
「わ、分かりました…。魔導師様が、そう仰るなら…」
だから、「様」はやめろって。
ともかく。
駅長さんが拡声器で声をかけ、作業員達には、全員避難してもらった。
そして、今復旧作業をしているから、もうすぐ運転再開出来るという旨を、駅に詰め寄せた乗客達に伝えて欲しい、と頼んだ。
駅長さんはそれを聞いて、信じられない、といった顔をしたが。
シルナが強く頼んだので、渋々ながら承知してくれた。
きっと駅長さんは、「もうすぐ運転再開出来るなんて、そんなに軽々しく伝えて良いのか?」と思ったに違いない。
だが、大丈夫だ。
もうすぐどころか、あと10分後には運転再開出来るから。
俺達は、瓦礫まみれの線路内に降りた。
ホームから見ても、充分酷かったが。
実際線路に立ってみると、なおさら酷いもんだ。
「一体何処の馬鹿が、こんな馬鹿なことしたのやら…」
「乗客にとっても、駅員にとっても、良い迷惑だな」
全くだ。
「さて、それじゃ直すか」
と、俺は杖を振ろうとした。
しかし。
「あ、ごめんなさい羽久さん。ちょっと待ってください」
「ん?」
エリュティアが、杖を振ろうとした俺を止めた。
「どうかしたのか?」
「はい。実は僕ら…シュニィ隊長に言われて、ここに来ていて…」
…あ。
そういえば、忘れてたけど…。
「お前達は、何でここにいるんだ?」
誰もいなくなったところで、改めて。
無闇が、至極当然の問いをした。
それは…その…。
シルナの我儘と言うか…。
チラリとシルナを見ると、シルナの奴は、そっぽを向いて口笛を吹いていた。
しかも下手くそ。
しっ…らじらしい…。
潔く言えよ。「生徒にチョコあげたくて迎えに来た」って。
…仕方ない。
「…偶然だ」
我ながら白々しいと思いながら、俺はそう答えた。
「ぐ、偶然…?」
首を傾げるエリュティア。
王都セレーナで、イーニシュフェルト魔導学院にいるはずの俺達が。
今日偶然、いきなり南方都市シャネオンにいるなんて、そんな偶然は有り得ないが。
ここは、偶然ということにしてくれ。
「そう…偶然だ」
「そ、そうですか…。偶然ですか…」
さすがの適応力を見せ、無理矢理納得してくれたエリュティアである。
…本当、悪いんだけど。
「…ごめん、後でシュニィに頼んで、俺とシルナにも、後付で指令書書いてもらってくれないか」
「あっ…。はい、分かりました…」
何やら、事情を察してくれたらしい。
ごめん。本当ごめんな。
俺が悪い訳ではないんだよ。
シルナが我儘を言い出したのが、悪いのであって。
「それで、エリュティア…。何をするんだ?」
わざわざ、俺の「復旧作業」を止めたのだ。
何かやることがあるのだろう。
「あ、はい。犯人が分からないということだったので…『痕跡』を探ってみます」
と、言われて得心を得た。
成程、エリュティアが派遣されてきたのは、それが理由だな。
エリュティアと言えば、聖魔騎士団魔導部隊では、右に出る者がいない探索魔法のプロ。
彼の手にかかれば、どんなに巧妙に姿を隠していようが、全て筒抜けと言っても過言ではないのだ。
「ちょっと、探してみますね…。hearcs」
エリュティアは杖を手に、瞳を閉じて魔法をかけた。
今彼は、この場に残った犯人の「痕跡」を、探っているところだ。
彼が辿るのは、指紋や髪の毛などの、物的な証拠だけではない。
この場にいた人間の気配や、残留思念のようなものも、全てを感じ取る。
並みの魔導師では出来ない、正直俺でさえ出来ない芸当だ。
数十秒ほど、探索魔法をかけたエリュティアは。
やがて、目を開いて杖を戻した。
「…どうだ?」
何か、感じ取れるものはあったか?
「はい。犯人の顔が見えました。それから、犯行時刻や犯行手段も…。使った爆発物の種類も見えました」
な?
エリュティアが一人いたら、もう、警察要らないよ。
探索魔法一つで、犯人の顔まで割れてしまうのだから。
…それにしても。
「顔まで見えるとは…。もしかして、犯人は普通の人間か?」
「そうみたいですね」
魔導師や、それこそ『アメノミコト』の暗殺者達は。
この世には探索魔法という魔法が存在し、更に聖魔騎士団には、探索魔法のプロ、エリュティアがいることを知っている。
だから、そういう「事情通」が犯人なら、決してエリュティアが辿れるような、「痕跡」は残さない。
『アメノミコト』の暗殺者なんて、良い例だ。
あれだけ派手に暴れておきながら、エリュティアが辿れる「痕跡」は、全くと言って良いほど残していない。
お陰で今でも、『アメノミコト』の本拠地を探すのに難儀しているところだ。
それが、今回はどうした。
あっさりと、犯人の顔まで割れてしまった。
今までの相手が悪かったというだけで、本来エリュティアの探索魔法なら、このくらい序の口なんだけどな。
「もう分かったので、あとは羽久さん、直してもらえますか?」
と、改めてエリュティアが言った。
よし来た。任せろ。
「犯行時刻は…いつ頃だったんだ?」
「本当に、日が昇る寸前ですね。午前三時頃…」
そんな時間からまた、ご苦労なことだな。
しかし、俺達聖魔騎士団の魔導師が来たからには。
そのご苦労な仕事を、一瞬出なかったことにしてやろう。
「じゃ、それより前の時間に『戻せば』良いんだな」
「はい、お願いします」
俺は、杖を持つ手に力を込め、魔力を注ぎ込んだ。
俺のお得意の、時魔法だ。
この、壊れた線路一帯を、壊れる前、午前三時より前の時間に「戻す」。
「eimt…eestorr」
俺が魔力を注ぎ込んだ、その瞬間。
みるみるうちに、線路はもとの姿を取り戻した。
時魔法によって、この壊れた一帯を、壊れる前の状態に「戻した」のだ。
「…さすがだな」
と、無闇は感嘆の声をあげた。
「はい…さすが羽久さんです」
エリュティアも同意。
「こんなことが出来る時魔法使いは、なかなかいないからね〜」
何故か我が事のように得意げなシルナ。
褒めてくれるところ有り難いが、俺なんてまだまだ素人みたいなもんだ。
「前の」俺に比べたらな。
とはいえ、俺の時魔法が、それなりに熟練していることは事実。
自分で言うのは、自画自賛みたいで嫌だが。
まず、時魔法という魔法そのものが、非常に高難度で、使える魔導師も限られる上。
これだけの範囲を、これだけの速さで、しかも何時間単位の時間を動かせる時魔導師は、まず存在しない。
何が言いたいかと言うと、それだけ時魔法は、難しく、そして使える者を選ぶ魔法だということだ。
運良く、俺はその才能に恵まれたが。
さっきも言った通り、これは多分、俺の持つ才能ではない。
「前の」俺の才能を、ちょっとばかし分けてもらった程度なのだ。
それでも。
こうして、人の役に立てるのだから…あながち、捨てたものではない。
ついさっきまで、ボロボロだった線路が。
一瞬のうちに、もとに戻ったのを見て。
駅長さんを始め、駅員さん達は、皆唖然とし。
それから、涙を流さんばかりに、感謝の言葉を頂いた。
何なら金一封を用意しようとする駅長さんに、「こっちは仕事で来てるだけだから」と必死に辞退。
それよりも、列車の運転再開を優先して欲しいと頼んだ。
幸い列車には被害は及んでおらず、線路さえ直れば、すぐ発車出来る状態だそうで。
あと10分ほどで、全便運行を再開するとのことだった。
ようやく、一息つけたな。
「…それで」
と、一仕事終えたエリュティアが言った。
「僕達は、もうやることは終わったので、空間魔法で王都に帰りますが…。学院長先生達はどうされます?」
「私達は…外にヘーゼルちゃん、えぇと、生徒を待たせてるから、生徒と一緒に、列車で王都に帰るよ」
シルナなら、そう言うと思った。
生徒を置き去りにして、自分だけ先に帰るなんてことは有り得ない。
ヘーゼルの他にも、可能な限りうちの生徒を見つけ、皆で帰ろうと思っているのだろう。
その方が良い。
運転が再開されたからって、この群衆が一度に大移動しようとしているのだから、大変だ。
列車は当然、待ち切れない乗客達で満員だろうし。
何本か列車を見送って、ある程度乗客の数が落ち着いてから、ゆっくり戻れば良い。
無理に始発に乗って、さっきのヘーゼルみたいに突き飛ばされたり。
ぎゅうぎゅう詰めの列車で疲労困憊して、学院に辿り着くなり、バタンと倒れたんじゃ、話にならない。
「そうですか。それじゃ…僕達はここで…」
「いや、待て」
エリュティアが、軽く会釈して立ち去ろうとした瞬間。
無闇が、そんなエリュティアを止めた。
…?何だ?
「どうかしたのか、無闇?」
「この際だ。イーニシュフェルト魔導学院の代表である二人にも、話しておいた方が良い」
無闇は、エリュティアに向かってそう言った。
…話…?
「で、でも…まだこの話は極秘にと…シュニィ隊長が」
「一般魔導師達には、だろう?隊長達は皆知っているし、何より彼らは、れっきとした聖魔騎士団魔導部隊の一員で、しかも特務隊隊長と、部隊の名誉顧問だ。話しておいて問題ないだろう。いや…むしろ、話しておくべきだろう」
「…」
「それに、いずれはイーニシュフェルト魔導学院の面々にも、遅かれ早かれ知らされることになるはずだ。なら、多少早くなるだけだ」
「そう…かもしれませんね。確かに…良い機会です」
と、二人は言った。
何の話だ?
「お互い、あまり時間がないので、簡潔に話しますが…。…近頃、国内の魔導師排斥運動が、高まっているようなんです」
突然の、エリュティアの報告に。
俺もシルナも、思わず仰天してしまった。
魔導師排斥運動。
これは、ルーデュニア聖王国に限らず、全国各地で、少なからず起きてきる運動だ。
これらを行うのは、魔法を忌み嫌い、魔導師の存在を危険視する、所謂魔導師排斥論者達。
人智を超えた力を、人が手にすることをタブーとみなしている人々だ。
彼らはいつだって、大なり小なり、歴史の中に存在してきた。
俺は、他ならぬ魔導師だから、無論、魔導師排斥論者の肩を持つ訳にはいかないが。
しかしある意味では、彼らのような存在は、いて当然だと思っている。
この世界にいる全ての人間が、魔法を使える訳ではない。
魔法を扱えるのは、人並み以上の魔力と、そして生まれながらに持つ、魔導適性が必要だ。
この魔導適性というものが曲者で、これは努力や勉強によって身につくものではない。
人が生まれながらに持っている、才能のようなもの。
どんなに保有魔力量が多かろうが、どんなに強く魔導師になりたいと望もうが、魔導適性がなければ、魔導師にはなれない。
これだけは、本人の意志では変えようがない。
そして、生まれながらに魔導適性に恵まれた者だけが、人智を超えた力を扱い、行使する権利を与えられる。
故に、魔導適性を持たざる者は、魔導師達を妬み、憎み、忌み嫌うのだ。
彼らからすれば、俺達魔導師は、ただ魔導適性に恵まれて生まれたというだけで。
当たり前のように人智を超えた力を行使し、人々を高みから見物して嘲笑う、傲慢な権威主義者のように見えるのだろう。
無理もない、と思う。
誰だって、自分には出来ないことを、当たり前のように出来ている人を見れば。
そりゃ妬みもするし、逆恨みもする。
ましてや、その魔導師が、己の才能に驕ることなく、謙虚な態度でいるならまだしも。
「自分はお前ら平民とは違う、魔導師様なのだ」と、偉そうに威張っている魔導師も、一定数いるのが現状。
同じ魔導師として、情けないの極みだが。
実際、そういう魔導師達もいるのだ。
そんな魔導師を見ていれば、魔導師排斥論者が唾を飛ばして、魔導師の存在を否定するのも、頷けるというものだ。
それに、魔導師排斥論者が憂慮しているのは、魔導師の存在だけではない。
その魔導師が使う、魔法そのものにも難色を示している。
魔法とは、言うまでもなく、人の扱える力を超えた、自然の摂理に触れるもの。
先程、俺達がやったこともそうだ。
一般人なら、列車に揺られて長旅をしなければならない距離でも。
空間魔法を使えば、一瞬でひとっ飛び。
さながら瞬間移動だ。
さっきの、線路の故障だってそうだ。
本来ならシャベルで瓦礫を退かし、更に重機を入れて地面を平らにし、それから線路を敷き直して…と、数日がかりで直さなければならなかったものを。
俺の時魔法で、あっという間に、まるで何事もなかったかのように、直すことが出来る。
このような、ある意味反則紛いの力を、当たり前のように行使する。
魔導師排斥論者は、この力そのものを、危険視しているのだ。
力というものは、強大であればあるほど、使いようによっては多くの人々を傷つける。
全ての魔導師が、シルナのように馬鹿みたいに善人で、お人好しなら話は早いが。
そんなはずはない。魔導師だって、一人の人間なのだ。
この人智を超えた力で、悪事を働く者もいれば。
それこそ、人を傷つける為に魔法を使う、愚か者だっている。
そんな魔導師を見ていれば、魔導師排斥論者が生まれるのは、当たり前のことだと俺は思う。
誰もが皆、善人ではないのだ。
力があれば、良い方に使う者もいれば、悪い方に使う者もいる。
そしてその力で、傷つけられ、血を流す者もいるのだ。
だったら、魔導師なんて存在は、この世界には必要ない。
そう考え、魔導師を国の中から撲滅し、普通の人間だけの、健全な国であろう。
そんな主義を掲げているのが、魔導師排斥論者達である。
そして、今。
その魔導師排斥論者達の動きが、活発化し。
魔導師排斥運動の動きが高まっていると、エリュティアは言った。
小一時間ほど、駅構内を駆け回り。
ヘーゼルとマリアンナを含め、およそ20名弱の生徒を見つけた。
ほぼ、シルナの目のお陰だ。
彼らは今制服を着ていないから、俺にはなかなか判別するのが難しかったのだが。
制服だろうが私服だろうが、自分の生徒を見分けるには関係ないシルナは、
「はっ!あそこにうちの生徒が!」とか。
「はっ!あそこにラウル君が!」とか言って。
ゴキブリの如き素早さで、生徒を見つけ出していった。
よく集めたもんだよ。
しかし、それでも集まったのは、20名弱。
帰ってこなかった生徒は、およそ50名。
残りの30人は、どうしているのだろう?
俺達が見落としたが、それとも別の手段で、セレーナまで帰っているのだろうか?
とにかく、無事なら良いのだが。
先程不穏な話を聞いてしまったが為に、余計心配になってくる。
と、思ったが。
学院に帰ってきたときには、そんな俺達の心配は、杞憂に終わっていた。
俺達が、20人を連れて学院に戻ると。
そのときには既に、何名かの生徒が学院に辿り着いていた。
なんと、あのごった返した駅で、運転再開直後の第一便に乗れたらしい。
とはいて、やはり相当無理をしたらしく、学院に辿り着いたときには、ぐったりしていたそうな。
養護教員でもある天音の指示で、今日は学生寮でゆっくり休むように言いつけられ。
今は、学生寮で休んでいるとか。
だから、無理して欲しくなかったんだよ。
で、他の生徒はどうなったか。
ある者は、上手いこと長距離バスに乗って、バスで戻ってきたり。
シャネオンでも、海に近い港町方面に住む生徒は、なんと船を乗り継いで、戻ってきたそうだ。
成程、船という手段もあったか。
とはいえ、皆考えることは同じで、船の方も、かなりごった返していたそうだが。
それでも、駅よりはマシだったみたいだ。
そして残りの生徒は、親が駅の惨状を見て、「これは今日帰らせるのは無理」と判断し。
学院に連絡を入れ、一日帰るのを遅らせて欲しいと頼んできたそうだ。
ある意味、これが一番賢明な判断だったかもしれないな。
勿論イレース達はこれを承諾、遅れても良いから、安全に戻ってくるよう伝えてくれたそうだ。
これで、明日には、残りの生徒が戻ってくるだろうな。
ようやく、一安心だ。