と、そこまでの様子を会場の隅っこで固唾を呑んで見守っていた少女が一人。

 癖のある栗色の髪に少し垂れ気味の目元。目立ちはしないがよく見れば愛らしい雰囲気をまとった小柄な少女の顔色は真っ青だ。



「どうしましょう。グレゴリーが……」



 瞳いっぱいに涙をため、グレゴリーが出て行った扉を見つめる彼女の名はシエナ。プリス伯爵家の令嬢で、今年で十七歳。

 しばらくその場でまごついていたシエナだったが、我慢できずに気配を消して会場を飛び出す。



(あんなに愛していた王女殿下から婚約破棄を告げられるなんて)



 シエナとグレゴリーはいわゆる幼馴染みだ。

 公爵家と伯爵家という身分差はあったが、お互いの母親が友人同士だったことや、シエナの兄とグレゴリーが同い年であったこともあり幼い頃から交流があった。

 五つ年上のグレゴリーはシエナのことを妹のようにかわいがってくれたし、シエナもグレゴリーをもう一人の兄として慕い懐いていた。



(ああ、グレゴリー。どれほど辛いでしょう)



 グレゴリーが傷ついている。そう考えるだけでシエナの胸は張り裂けそうに痛む。

 彼にとってシエナはずっと妹でしかなかっただろうが、彼女にとってグレゴリーは大切な初恋の人だった。

 自分の一番近くにいる優しい少年が魅力的な青年へと成長していく姿をすぐ傍で見ていた少女が、恋に落ちるのは当然だった。

 だが、シエナはその想いをグレゴリーに伝えたことはない。何故ならシエナが彼への想いを自覚したときにはすでにグレゴリーは王女アナスタシアの婚約者になっていたからだ。

 王家と公爵家が決めた政略的な婚約ではあったが、並ぶ二人はとてもお似合いで、シエナは初恋と失恋を同時に味わい大泣きしたものだ。



(ようやく忘れられると思ったのに)