「だが、何の理由もなくこれまで蝶よ花よと育ててきた王女を遠方に追いやるわけにはいかないだろう? だから、アナスタシアには派手に動いてもらう必要があったのさ」

「……まさか」

「そのまさかだよ。今日の婚約破棄騒動が起きることは両陛下たちも知っていた。だから中座したのさ。アナスタシアもああみえて完全なばかではないからね。両親の前で無茶な婚約破棄を言い出せば諫められることはわかっていたんだろう」



 シエナは目の前の男性が本当に自分の恋い焦がれたグレゴリーなのか信じられなくなってきていた。

 彼の語ることが本当なら、これはとんでもない国家機密なのではないだろうか。

 どうして自分はこんな話を聞かされているのだろうか。



「アナスタシアは愛しいマキシムをどうしても自分だけの男にしたかった。だからマキシムがこれまで行ってきた悪行の全てを俺に押しつけたのさ。人前で騒いでしまえば、あとは自分の権力でどうにでもできると思ったんだろうね。本当に哀れなほどに自分本位な女だよ」



 最後の方は吐き捨てるような口調になっていたグレコリーは全てを言い終わると、はぁ、とため息を零し乱暴に前髪をかき上げた。

 セットされていた髪型が乱れる様は色っぽく、シエナは今の状況を忘れて見惚れてしまう。

 そんな熱のこもった視線に気がついたのか、グレゴリーが片眉と口の端をつんと上げていたずらっぽい笑みを浮かべる。



「今頃アナスタシアは俺を無実の罪で断罪し勝手に婚約破棄を宣言したことを陛下たちにとがめられているだろう。本当は戻ってその様子を見るつもりだったんだけど……」



 その言葉にシエナはさっと青ざめる。

 もしかしなくてもシエナが声をかけたことで邪魔をしてしまったのではないのだろうか。

 だとしたら大変なことだ。