「あんな高慢ちき女と結婚するつもりなんてさらさらなかったのさ」

「え、えええ?」



 にこり、と意地悪く笑うグレゴリーの顔は、幼い頃に兄といたずらを思いついたときと全く同じだった。



「そんな、うそ」

「嘘なものか。そもそも婚約だって俺の本意じゃなかったんだ。王家が我が公爵家との太い縁が欲しくて無理矢理ねじ込んできたものを父が断り切れなかったのさ」



 饒舌に語るグレゴリーをシエナはぽかんとした顔で見つめるしかできない。

 いつも紳士的で寡黙なグレゴリーがものすごく喋っている。

 しかも信じられないような内容を。

 驚きが二重三重と重なって、シエナはなんと言えばいいのかわからずにぽかんと口を開けたまま固まる。



「父も後悔していたよ。子どものうちは良かったけれど、あのアナスタシアはワガママな女でね。ちょっと気に食わないことがあれば泣いて喚いて我を通そうとする。人でもものでもこの世の全ては全部自分の思うがままだと思っているのさ。俺も随分振り回された。父もこの婚約は失敗だったと頭を抱えていたくらいだ」



 まさかと瞠目すれば、グレゴリーは軽く肩をすくめて見せた。



「王家は王女の醜聞を隠すのに必死だからね。近しい者しか知らない話だ。だが、最近ではメイドを無意味にいびって自死間際まで追い込んだりとかなり危うい行動が増えてきて、とうとう両陛下も彼女から権力をとりあげることにしたらしい。幸いにも我が国にはまだ王女も王子もいらっしゃるからね」

「そんな……!」



 あまりの事実にようやく唇が動いた。

 国王と王妃が王女を溺愛しているのは有名な話だ。その二人が愛娘を見限るだなんてあるはずがない。



「ああ、勘違いしないで。けっして陛下たちはアナスタシアを嫌ったわけじゃない。その逆だよ。アナスタシアはとてもかわいそうな女の子なんだとようやく気がつかれたんだ。善悪の判断ができず、我慢ができない永遠の幼子だとね。そんな彼女を女王だなんて過酷な役職に就けるのは不憫だと決意されてね。アナスタシアは王位継承権から解放され、中央から遠く離れた穏やかな領地を与えられることになったのさ」



 にこにことまるで子どもに飴玉でも与えるような口調でグレゴリーが語る内容は、衝撃的すぎる内容でシエナは何度も瞬くことしかできない。