「……アナスタシア様はひどいわ」



 我慢できずに心の声がこぼれていた。

 婚約から今日に至るまでの長い間、グレゴリーを婚約者として捕らえておきながら、あらぬ罪で身勝手な婚約破棄をして。彼の努力や年月をあんなにもたやすく踏みにじった。



「グレゴリー様がどれほど頑張られていたかを知りもしないで……あんな……」



 気がつけば、ぼろりと大粒の涙がこぼれる。

 自分が泣くのは違うとわかっていたが、止まらない。



「シエナ……ああ、君は本当に優しいね」



 困ったように眉を下げたグレゴリーがハンカチを取り出し、シエナの目元を押さえてくれた。



「だって……だって」

「泣かないでシエナ。俺は君の涙には弱いんだ」

「うう……」



 慰めるつもりだったのに慰められていることが情けなくて、シエナはますます涙を溢れさせてしまう。

 グレゴリーはさらに眉を下げて、えぐえぐとしゃくり上げはじめたシエナの背中を大きな手で撫でてくれる。



「うーん……本当はまだ黙ってるつもりだったんだけどなぁ」



 弱った、と頭を掻きながらグレゴリーがため息を零す。

 何のことだろうとシエナが涙で濡れたまつげを瞬かせれば、灰色の瞳が嬉しそうにきらめいて見つめてくる。



「実はねシエナ。俺はこの婚約破棄を喜んでるんだよ」

「……へ?」



 予想もしていなかったグレゴリーの言葉に、シエナは泣くことを忘れて大きく目を見開く。