あたりまえだ。グレゴリー相手だからこそ言えたのだ。彼相手だとしても、二度と言える気もしない。
「あまり無防備だと悪い奴にさらわれちゃうからね」
柔らかな笑顔に見つめられ、シエナは心臓が変な音を立てたのを感じた。
ここ最近、間近でグレゴリーに会う機会がなかったのもあって、今更ながらに緊張してきた。
今日のパーティだってグレゴリーが参加しているかもしれないと知って、本当なら兄が参加する予定だったのに無理矢理代役をもぎ取ったのだ。
(グレゴリー様にとって私は妹でしかないのよね)
向けられる笑顔はいつだって慈愛に満ちている。さっき怒ったのだって、シエナを案じていたからだ。
「子ども扱いしないでください。私だってもう立派なレディです」
「うーん。レディはあんなこと言わないと思うんだけど」
「もう! 忘れてください!!」
最悪だ、と半べそになりながら両手で顔を覆えばグレゴリーが「ごめん」と少し慌てた声を上げる。
「あ~でもびっくりしたよ。でも、おかげでスッキリした」
「本当ですか?」
「ああ。色々考えてたことが吹き飛んで、凄くいい気分だね」
朗らかに笑うグレゴリー笑顔には何の陰りもないが、無理をしているのではないかとシエナは不安になってくる。
だってほんの数十分前に婚約破棄をされたのだ。ショックを受けていないはずがない。
シエナはグレゴリーの横顔をじっと見つめる。
彼が政略的なものとはいえ、王女の婚約者にふさわしい人物であろうと努力していたことをよく知っている。
勉学だけではなく剣術や馬術、あらゆる分野を極めていたグレゴリー。見た目も相まって、黒の貴公子と呼ばれ社交界では知らぬものはいない人気者。
それが誇らしくもあり、さみしかった。
だが、いつか王配となるグレゴリーを応援することしかシエナにはできなかった。
なのに。