「グレゴリー! あなたとの婚約は今日で破棄するわ!」



 壇上に立つ王女の宣言に、談笑していた人たちは石像になったみたいに動きを止める。

 艶やかな赤い髪と明るい青い瞳をした王女アナスタシア。藍色のドレスに身を包む姿はまばゆいほどに美しい。この国の第一王女にして未来の女王候補である彼女は、先日成人とされる18歳の誕生日を迎えたばかりだ。

 建国記念のパーティに集まった有力貴族たちは、アナスタシアの発言に何が起こったのか理解できないでいるようだった。

 国王と王妃は先ほど中座したばかりでこの場にはいない。アナスタシアは恐らくこのタイミングを見計らっていたのだろう。



「本気なのか」



 一人の青年が人々の間を縫うようにしてホールの中央に現れる。

 すらりとした長身、黒い髪に灰色の瞳。どこか冷酷そうな薄い唇が印象的な彫像のように青年は、表情を堅くしてアナスタシアを見上げた。



「ナースチャ、今の言葉は……」

「馴れ馴れしく呼ばないで。私はこの国の王女よ。公爵家令息ごときが愛称で呼んでいいと思っているの? わきまえなさいグレゴリー」



 まるで練習してきたかのようにすらすらと喋るアナスタシアの姿に、周囲はようやく先ほどの発言が現実のものだと理解したらしい。観客たちがざわめきだし、会場の空気が不穏に染まっていく。

 グレゴリーと呼ばれた青年の瞳が、すっと細まる。



「……アナスタシア王女。聞き間違いでなければ、あなたは先ほど俺との婚約を破棄するとおっしゃったのか」



 低く、怒りのこもった声にアナスタシアはあざ笑うかのように鼻を鳴らした。



「ええ、間違いないわ。グレゴリー、あなたが私の婚約者という立場を悪用して横暴な態度をとっていたことや、若い令嬢たちと遊び歩いていたことはもうわかっているの。そして私に親切にしてくれたマキシムを陥れようとしたこともね!」