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「倉沢さんはクレープ好きなの?」

「うん…!すっごく好き!」




目の前に広がる光景に、わぁぁ…と感嘆が漏れる。

宮西くんが連れて行ってくれたのは、クレープ屋さんだった。



「期間限定抹茶のクレープもいいし、いちごもいいし…、全部美味しそう…‼︎」



見るだけで幸せ…!

というか、種類が豊富で迷っちゃう…。



「いちごと抹茶で迷ってるの?」

「うん…、どっちも美味しそうで…」



メニューから二つを見比べる。

値段的にはどちらも同じだし…、悩みどころ。



「…って、宮西くんもう買ったの?早いね」

「倉沢さんが遅いんじゃないの」



口角を上げながら告げる宮西くん。

ごもっともです。

でも、ここは一つ選ばなければならない…。



「いちごでお願いします」



腹を括って、いちごを選ぶ。

ベンチに座る宮西くんの隣に腰をかける。

一口食べると、いちごの味がふんわりと口内を伝っていって、とても美味しい…。

ふと隣を見れば抹茶の良い香りが鼻腔をくすぐって、抹茶も良かったなぁって少し後悔する。



「…抹茶食べる?」

「…え?」

「まだ口つけてないから安心して。よければ一口どうぞ」



抹茶味のクレープと宮西くんを交互に見た後、一口いただく。

味はもちろん、とっても美味しい。



「抹茶も美味しいね…!ありがとう‼︎」

「…うん」



少し遅れて反応した宮西くんを見て、今気づく。

…これって。


「宮西くん…、その、クレープ食べれる…?」

「食べれるって?」

「その…関節…キス、に…」



そう小さく呟けば、ハッとしたような顔をした後、少し赤く染まる宮西くん。



「嫌だよね⁉︎ごめんね、買い直してくる……よ…」

「…大丈夫。買い直さなくていいよ」



最後まで言い終える前に止められた。

その後、一口パクっとクレープを食べた宮西くん。



「…うん。これ美味しいね、すごく」



そのまま、二口、三口と食べていく。

居た堪れなさを抑えるように、私もクレープを食べる。


どちらともなく食べ終えて、気恥ずかしさの残った空気のまま駅に向かい、電車に乗る。



「…それじゃあ、倉沢さんまた明日。今日は付き合ってくれてありがとう」

「こちらこそありがとう。また明日ね」



私も一つ遅れで駅を降りる。

意外と時間が経っていたみたいで、茜色が広がっている。


家へ向かう途中。

こないだと同じ女の人が、紫杏くんと腕を組みながら歩いていた。

前より近い距離で見る、2人の様子。


私といる時とはまた違う笑みを見せる紫杏くんに、胸がズキっと痛んだ。


女の人も紫杏くんも綺麗で、美男美女だから、あちらこちらから「お似合いだね」って声が聞こえてくる。

胸が痛むのと同時に、モヤっとした得体の知れない感情に埋め尽くされる。

嬉しそうな女の人の横顔と、笑みを浮かべる紫杏くん。


見てられなくて、逃げるようにその場から立ち去ったーー。


ーー薄々、避けられてるのは気づいていた。


花澄ちゃんから送られてきた、迎えに来なくて大丈夫という一言。

こないだは宮西クンと三人で帰って、今日は来なくていいと。

無意識のうちに、ため息をこぼした。



「染野、顔険し。そんな顔してたら皺になるんじゃねーの」

「うるさい」

「…あー、察し。倉沢さんと何かあったんだ」



横からうざったらしい声が耳に入る。



「避けられてたりすんの?」



面白そうにこちらを眺める黒瀬。

スルーすれば、不服そうに睨んでくる。


避けられるような節があったといえば…。

熱の件、だろうか。

熱が出てるせいか、積極的な花澄ちゃんに思わずガッついちゃったけれど。

それが悪かった?



「百戦錬磨の染野でも、悩んだりするんだ」

「…は?」



当たり前。

花澄ちゃんにはこれでもかってくらい振り回されてる。

今までの色恋とはわけが違う。


康二さんの淹れてくれたコーヒーを飲み干して、席から立つ。



向かう先はもちろん、花澄ちゃんのいる学校。

今から行けば、ちょうど門から出てくる時間と被るだろうし。




街中を歩くと浴びる視線。


幼い頃から、この赤い瞳に反応する人がたくさんいた。

物珍しそうな、興味津々な顔を皆していた。

そして、その誰もが口を揃えて言う。



“変わった目の色だね”、と。



親が離婚するきっかけとなった、捨てられる原因となったこの瞳。

コンプレックスと恨みしかなかった。



でも、それを花澄ちゃんは“綺麗”と言ってくれた。


初めて会ったあの時から、惹かれていたのかもしれない。


駅の電車の待ち時間にさえ苛立って、馬鹿らしいほど必死な気持ちで向かう。



…けれど。


門に着いたとき、見えたのは、花澄ちゃんと宮西クンの姿。

どこか初々しい雰囲気に、納得する。


避けてたのはそういうことなんだ。

宮西クンに誤解されたくなかったんだ?


この間、3人で帰った時もやけに宮西クンと親しかったしね。


…理解。


会話の最中、顔を赤く染めた花澄ちゃん。


その顔するのは俺の前だけでいいのに。

確実に宮西クンに向けて照れた花澄ちゃんに、黒い渦が巻く。


宮西クンじゃなくて、俺を見ればいいのに。


嫉妬心と独占欲。

そんなの俺に似合わないとわかっていても、本能的に現れてしまう。


ーー潮時なのかもしれない。


ふと、そう思った。

あくまで監視役と監視対象という、特殊な関係。

それも、俺が無理を言って監視役に回さしてもらっているわけで。

そう、今が潮時なのかもしれない。




「紫杏〜!今から帰るところなんだけど、一緒に行こう?」



突如聞こえた、高い女の声。

香水のキツい香りに、甘ったるい声。

思わず、顔が歪めそうになった。



「…いいけど、溜まり場の手前までだよ」

「ふふっ、ありがとう」



本来なら断りたいところ。

…だけれど、厄介なことに相手は裏社会の上層部に位置する方の娘。

愛想笑いを張り付けておく。



「ねー、聞いたよ。最近、女遊びしなくなったんだって?」

「それが何なの」



腕を絡ませてくる女。

香水のキツイ香りが移りそうで、とても嫌だ。



「今日、夜は空いてないの…?」

「空いてないけど。ていうか、俺、そーゆーのもうする気ないし」

「えー…残念。一度くらいしてみたかったのに」




不服そうに言われる。


俺がこの女といる時間、宮西クンが花澄ちゃんを独占してると思うと。

…思考を掻き消すように息を吸って、吐いた。


適当に話を聞き流しながら歩くと、溜まり場に着く。

…が、珍妙な光景が待ち受けていた。



「染野さん。摩天楼からお呼びです」

「摩天楼から…。わかった」



よほど急ぎの用なのだろうか。

溜まり場の入り口で、幹部直々に指示を受ける。


摩天楼に呼ばれるとは、滅多にないこと。

そもそも、摩天楼自体、幹部以上でないと入れない場所。

だから、摩天楼に呼ばれることは、上層部に呼ばれていることを意味する。

それも、特段上の方たちに。



「私も摩天楼に行ってもいい?」



腕を絡ませたまま、女が言う。

上層部の娘という立場から、コイツも摩天楼に入れる。



「ダメです。染野さんだけ、と厳しく言われております。今、摩天楼には本の一部の方しかおりません。現に私も追い出されましたし」



ピシャリと告げる幹部。

その言葉に、惜しそうに腕を解く女。



「本当残念…。ねぇ紫杏、ホントに今夜遊んでくれないの?」

「今日に限らず、遊ぶ気ないんだけど、俺。
何回言ったらわかるわけ」

「…っ、」




冷淡と告げる。

崩れていく女の表情。

それを僅かに見た後、摩天楼へと向かう。

夕暮れ時の空色に、薄暗く気味の悪い街は絶妙な気持ち悪さを感じさせる。



…歩いていると次第に見えてくる摩天楼。

この街の中で絶対的な圧倒さを纏うその建物は、堂々とそびえ立っている。

建物に一歩二歩と近づき、足を踏み入れると1人の男が立っていた。



「染野さん、お待ちしておりました。
最上階のミーティングルームでにて一同揃っております」

「了解」




華やかさを感じさせるロビーを離れ、エレベータを使用する。

なかなかの階数あるため、エレベーターを使うにしろ、多少の時間がかかる。

浮遊感が消え、扉が開く。


ミーティングルームに向かえば、いたのはたった一人だった。