「花澄、また遊ぼうね〜!」
「うん!またね、和葉(かずは)ちゃん。気をつけて帰ってね!」
「あはは、花澄こそ気をつけて帰りなよー?」
休日。
高校に入ってできた友達と、初めて遊んだ後の帰り道。
まだ夕方…とはいえ、辺りは薄暗い。
オレンジ色に染まった空が、次第に紺色を帯びていく。
早く帰らないと、親に心配をかけてしまうかも…。
普段は通らない、細くて暗い道を通って歩いて行く。
確か、この道が近道だったはず…。
「あれ?こんな時間に女子高生通ってんじゃん。ラッキー」
「ちょっと君、今時間ある?遊ばないー?」
すぐ至近距離で声がする。
こういうのは関わるだけ無駄だってよく聞くし、早歩きでスルーする。
「今、時間ないので無理です」
「つれないなー。この道歩いてる時点で、そーゆーことでしょ?」
ガシッと肩を掴まれる。
体の奥が、冷え切る。
怖い…、その感情が全てを支配する。
「やめて…ください!」
「はぁ?うるせぇな。優しく聞いてるうちに、着いてくればよかったのによ」
「っ…‼︎」
1人が私の肩を押さえて、もう1人が太ももをツーッと撫でるように触ってくる。
…怖い、気持ち悪い。
こんなことされたの初めてだから、どうすればいいのか分からないし、
人通りの少ない一本道だから、助けを求めることもできなくて、ただ俯く。
「ああ、いいねその怯えてる顔。ここで犯しちゃうのもアリだよな」
「ああ、そうするか」
ニヤッと笑った2人が視界の片隅に見えた。
今すぐここから逃げ出したい。
お願い、誰か助けてーー。
「ーーねぇ、ここで何してるの?」
ギュッと目を瞑った時、冷ややかな凛とした声が響いた。
「…何って、なんだよ。あんたには関係ねーだろ」
「関係ないとしたら、何?この子、嫌がってるみたいだけど」
「……」
「君たちのこと、今すぐ通報しよっか?」
目の前に、男の人が立つ。
携帯を片手に、威圧的に相手を見る彼。
「それとも、立てなくなるぐらい殴られたい?」
黒色の、男の人にしては長い髪に、耳にピアスをつけていて、この人も危ない人なのかなって一瞬思う。
今この隙に逃げなくちゃと思うのに、
その後ろ姿に見惚れてしまう。
「…君、大丈夫?太ももとか触られてなかった?」
「…っ、あ…大丈夫、です。ありがとうございます…」
「そう?ならいいんだけど」
黒色の髪の毛から覗く赤色の瞳。
日本人ではありえない瞳の色に、驚いてしまう。
「固まってどうしたの?まだ怖い?」
「い、いえ…もう大丈夫です…ただ」
「ただ?」
瞳の色が気になってーー、なんて。
聞いてもいいことなのかな?
「フフッ、君って顔に出ちゃうタイプなんだね、可愛い。君がアイツらを断ってなかったら、俺が口説いてたかも」
可愛い、をこんな息をするように言う人を初めて見た。
きっと、軽い人なんだろうなって分かるのに、心臓が少しだけ高鳴る。
これ以上は危ないって脳が訴えるけど、その瞳に囚われたらもう動けない。
「それより。こんな危ない道を通っちゃダメでしょ?どうしたの?」
「それは…、この道が家への近道で、早く帰らないと心配かけちゃうから…」
優しく諭すような言い方に、自然と口が開く。
口調からして、女の人の扱いに慣れてるんだなって思う。
「そっか。家族思いでいい子なんだね。
ーーなら、ここに来ちゃいけないよ?君が思ってる以上に危ないから、ね」
「…はい」
ものすごい圧に、考える間も無く頷く。
「じゃあ、出口まで案内するから着いてきてね」
彼の赤い瞳と目が合い、ドクンと胸が鳴る。
急速にではなく、徐々にじわじわと熱を帯びていく。
少し左を向くと、綺麗な赤い瞳が空を映している。
「…あの」
「ん?」
「答えたくなかったら答えなくてもいいんですけど、どうして目が赤色なんですか?」
人工味のないとても自然な赤色の瞳。
カラコンとかじゃなくて、生まれつきのものなのかな。
「…え?」
聞いちゃいけないことだったのかな。
唖然として私を見る黒髪の人。
「ごめんなさい、聞いちゃダメだった…?」
「…いや、別にいいんだけど」
途端、クシャッと顔を歪ませて笑う黒髪の人。
目は笑っていない。
「目の色のこと、ね。これ生まれつきなんだ。目の色素がすごく薄いみたいで」
「そうなんだ…!
すっごく綺麗な色だったから気になっちゃって」
他の人にはない、自分だけが持ってる色って、なんだか憧れちゃう。
濁りもない赤色に、綺麗だなって見惚れてしまう。
ーーふと、赤い瞳が私を捉える。
一切の陰りもない純粋な赤色に、街灯に照らされた黒髪が絶妙にマッチしている。
数秒間崩れた笑みを浮かべたあと、ハッと目を見開いた彼。
「綺麗な色、ね…。初めて言われたよ、そんなこと」
ボソッと何か呟いたようだけど、聞き取れなかった。
「…それじゃあ、ここでお別れかな。
ここからは安全だと思うけど、気をつけて」
「はい。出口まで、ありがとうございました」
控えめに笑みを浮かべると、笑って返してくれる。
たった数分の時間だったのに、とても長かったような短かったような、不思議な気分。
もうきっと会えなくなるのが、名残惜しいような。
…もし。
またここにくれば、会えるのかな…?
そんな淡い期待は、一瞬にして崩れる。
「最後に。もう会うことはないと思うけど、絶対ここに来ちゃダメだよ」
優しく、でも、有無を言わせぬ雰囲気を漂わせた言葉。
掴めなくて不思議な人だなって思った。
***
それからというものの、頭の中はあの男の人で埋め尽くされてる。
綺麗な赤色の瞳に、少し長い黒髪。
抜群に整ったルックス。
優しい口調と裏腹に圧のある雰囲気。
…たった一度しか会ったことがないのに。
その全てに、魅了されてる気がする。
「花澄、そういえば、遊んだ後の帰り道大丈夫だった?」
「うん?大丈夫だったけど、どうしたの?」
ボーッと黒髪の人のことを考えてると、不意に話しかけられる。
「ううん、大丈夫ならよかったんだけど。
…なんか、大通りの近くのある道を辿ると、裏社会に出入りしてる人の溜まり場?に着いちゃうみたいで」
「裏、社会…」
「…私も詳しくは知らないんだけど、一応気をつけてね」
「そうなんだ…、和葉ちゃんありがとう」
「うん。とはいっても、都市伝説の可能性大みたいだし、そんな場所実在しないと思うけど」
一応ね、と付け加える和葉ちゃん。
大通りの近くにある道を辿ると、裏社会に住む人たちの溜まり場に着くって、まさかあの細い道じゃないよね。
…一本道だったし、さすがに繋がってないと思うけど。
仮に繋がってたとしたら、あの黒髪の人は何者なんだろう?
知りたいって気持ちが身体中に駆け巡る。