両親の許可も得たところで、いよいよ本格的に留学準備に入っていく。

あまり時間もないので、とにかくどんどん情報を集めていく。

ドイツのベルリンとカールスルーエ、アメリカのジュリアーノについてだ。

まずは大学の先生たちの中にその3校への留学経験のある人を探す。

けど、その前に、専科の先生お二人に話しておかなければならない。

今日はたまたまお二人とも学校にいらっしゃっているし、アポもとってある。

俺は、昼休みを狙って打楽器室に入った。

『安藤先生』

「あぁ、樋口くん。お疲れ様」

先生はいつもの穏やかな表情で迎えてくれた。

『お疲れ様です。お忙しいところすみません。』

「いや、大丈夫。まぁ、座って話そう。どうした?」

そう言いつつご自身が座っている正面の椅子を薦められた。

『単刀直入に申し上げます。』

『来年度から、留学を考えています。』

先生の表情が驚き一色になった。

「留学!どこに??」

『アメリカか、ドイツに。』

「それはまた、真逆だね。何故その二国なんだい?」

『クラシックならドイツ、ドラムなら、アメリカと考えているからです。簡単にいってしまえば』

先生がまた驚きの表情になった。

「ドラム!樋口君、そういえば大学でもドラムの練習してたね。元々も好きなんだっけ?」

『吹奏楽部にいた頃は、たまに担当していましたが、実は先月、鈴木先輩と一緒に外部で演奏させていただきまして、その時すごく楽しかったんですね。』

「ふむ。それで留学先の候補になるってことは、本当に楽しかったんだね。」

『はい。手応えも、ありました。』

「なるほどね。わかった。ちょっと考えたいこともあるので、14時くらいにまた来られるかい?」

14時。その時間なら、小池先生との話も終わっているだろう。

『はい。承知しました。』

俺は一礼をして打楽器室を出た。

そのまま、向かい側にあるもう1部屋の打楽器室へ入る。

『小池先生』

「樋口君!いらっしゃい。どうぞどうぞ!」

まるでお宅訪問のようなノリだw

『失礼します。』

「うん、どうしたの?改まって。」

『単刀直入に申し上げますと、来年度から留学を考えています。』

小池先生も驚き一色の表情になった。

「まぁ!留学!素晴らしいことね、それで、どこにいきたいの?」

『ドイツか、アメリカに。』

「なるほど。五分五分くらい?」

『いや、今は、少しアメリカに傾いてます。』

「うん、だったらアメリカの方がいいわ!ジュリアーノ?」

なんだ?話が早すぎる…

「いや、実はね、真里から聞いてたのよ。樋口君に留学を薦めたって。」

なるほど、そういうことか。

『そうだったんですね。』

「うん、それでね、真里も気を遣って、樋口君が相談に来たら、お願いしますって私に頭を下げたのよ。」

真里先輩…ありがとうございます。

「私がアメリカを薦める理由はいくつかあるわ。」

『はい』

「まず、樋口君自身が行きたいと思っていること。」

「それから、私はマリンバの人だからっていうのもあるけど、やっぱり今アメリカに行ったらマリンバもよく勉強できそうだから。」

確かに。

「最後は、真里が樋口君のドラムを特に褒めていたからかな。」

「私は直接聞いたわけじゃないから偉そうなことは言えないけど、誰にも専門的な教育を受けずに真里にそこまで言わせるんだから、間違いなく才能があるわ。」

『…ありがとうございます。』

真里先輩はこんなにも先生に信頼されているんだな。

「だから、私はアメリカに行った方がいいと思う。」

「私にはアメリカに留学していた近しい知り合いはいないけど、大学内には誰かしら繋がりを持っているはずだから、探してみるといいよ」

『はい!』

「あ、それとね。」

?先生が何やら言いにくそうだ。

「さっきちらっt話に出したけど、留学前に、一度ドラムの先生にレッスンを受けた方がいいと思う。もちろん、学校や安藤先生には相談しないとだけどね。」

『そうですよね。』

わかってはいた。先生に薦められたことで、自分に必要なことがわかって良かった。

俺は、一礼をして部屋を出た。

お昼休みは終わってしまうけど、食堂へ行こう。

お昼を食べて一休みしたら、もう一度安藤先生に会いに行こう。



14時。もう一度打楽器室へ。

『安藤先生』

と声を掛けると、なんと室内には真里先輩と小池先生もいた。

「樋口君!ちょうど良かった。さぁ、座って!」

驚いて固まっていると、椅子をすすめられた。

正面に安藤先生。右に小池先生。左に真里先輩。

俺を入れて4人でテーブルを囲むように座った。

「真里から聞いたよ。樋口君は本当にドラムが上手みたいだね。」

『ありがとうございます。まだまだですが。』

真里先輩がニコニコしている。誇らしそうな表情だ。

「それで、僕からも提案なんだけど、樋口君はアメリカに行った方がいいと思う。」

『はい。』

「理由は、ドラムのこともそうだけど、クラシックの演奏を聴いていても、アメリカの方があってそうだなとは思っていたんだ。実はね。」

『そうだったんですね。』

「うん、実はそう思っていたのは僕だけではなくてね。」

そう言って先生は左右を見渡すように顔を動かした。

「真里もそう思ったから樋口君にドラムを薦めたし、小池先生もアメリカ人作曲家の曲を薦めていたみたいだよ。」

なんと…誘導されていたのかw

「もちろん、君がそれでもドイツに行くというなら、それも全力で応援するけど、聞けば君自身もアメリカに傾いてきているというし、僕たち3人も、それをおすすめするよ。」

『ありがとうございます!』

「それと、もしアメリカにドラムで留学するつもりなら、ちゃんとレッスンを受けた方がいい。僕にも心当たりがあるから紹介はできるよ。ただ、お金のかかることだから、ご両親ともよく話し合ってね。学校への話は、こちらで通しておくから。」

なにからなにまで…感謝しかない。

『ありがとうございます。精進します!』

留学準備初日にして、希望は固まった。

両親とも結とも、しっかり話していこう。