「ありがとう」

ガタガタで、ぎりぎり読めるくらいの字だった。

元気だった頃の母さんの綺麗な字は遠い記憶の中にだけ残っている。

目の前の5文字には、もうその面影さえ残っていなかった。

それでも必死に書いてくれた、精一杯の5文字だった。

母さんは僅かな腕と手の力で、その紙を僕の方へ寄せ、僕を見た。

固く引きつった母さんの頬を、一粒の涙がつたう。

やめてよ――。

そんな泣きながら、ありがとうなんて言われたら、僕も……。

泣いてるのを見られたくなくて、紙を手でつかむと、母さんに背を向けて一目散に家に帰った。

すぐに後悔した。

母さんは、とうとう目も見えなくなっていったのだ。