『亮、ありがとう』


僕の耳の奥まで響いてきたのは、聞き慣れた母さんの声だった。


『亮のことが見えないし、一緒に話せないし、笑い合えない身体になっちゃったけど、亮が入ってくる音、亮の声が聞こえるだけで、母さんは充分嬉しかった。本当は笑いたかった。本当は亮の話に答えてあげたかった。ごめんね』


母さんの声は掠れていて、涙まじりにも聞こえる。


『亮は覚えてるかな。亮がまだ幼稚園児だった頃に行った家族旅行。母さんはあの日が人生で最高に幸せでした。あの直後、亮が小学生になってすぐに、母さんは病気になってしまって、色んなところに連れて行きたかったのにできなくて、家事も全部任せっきりになって、本当にごめんね。でも母さんが入院してても頑張ってきてくれた亮なら大丈夫。母さんがいなくても、母さんの分まで幸せに生きてくれるって信じてるからね』


「母さん……」

黒田さんの前だと分かっていても、涙を堪えきれなかった。

そんな僕を、彼女は優しい目つきで見ていた。

それが僕を安心させてしまったのか、さらに涙が溢れて止まらなくなり、子どもみたいに泣き続けた。

母さんの苦しみを、思いを知って、僕の中からもずっと抱えてきたぐちゃぐちゃな思いがとめどなく溢れていくようだった。