*
これは、僕がと真白ちゃんが幼い時のこと。
僕たちは、偶然にも出会うことができたのだ。
それは、僕がもう勉強が嫌で屋敷を抜け出した時のこと。
『はぁ……はぁ……』
バタンッ
屋敷からずいぶん離れたところまで全力疾走をして、もう力もなく倒れてしまった。
『っ!大丈夫?』
そこに手を差し伸べてくれたのが、真白ちゃんだった。
キラキラして、当時の僕には天使、いや女神に見えた。
『あ、ありがとう、ございます……』
『ふふっ、いえいえ。あ、血出ちゃったね、膝から……』
『このぐらい別に……』
『だめだよ!あそこに公園あるから、そこで洗おう?』
優しく微笑んでくれる真白ちゃん。
『わかり、ました』
公園につき、膝を洗い、そのあとは真白ちゃんが持っていた絆創膏を貼ってもらった。
本当に、こんな親切してくれるなんて、きっと僕が誰か知っていてお金目当てなんだななんて思っていたけれど……。
『僕のこと、知ってますか?』
そう問うも、真白ちゃんは本気でわからないような表情をして、
『ご、ごめんなさい……知らないです……』
申し訳なさそうに、そう言った。
『いや、こっちこそ変なこと聞いてごめんなさい』
『いえ……!!』
そんな感じで……絶対に偽りのないとわかる、純粋な彼女に徐々に惹かれて行った僕。
屋敷からは時々抜け出して、その時に会って遊んでいた。
けれど、それが母親にバレた時。
ものすごい説教をされるかと思ったら……。
『あら、真白ちゃんって、冬奈(ふゆな)ちゃんの娘じゃないの?』
『え?そうだけど……』
まさかの、母親同士、いや夫婦同士で小学生の頃からの幼なじみだったことが判明。
実は3歳の頃にも何度か会っていたと言う。
相手が真白ちゃんだったため、将来婚約者は真白ちゃんがいいと言ったら許してもらえることができた。
それは、超一流の小学校に編入するのを条件に。
そのためには学校に近いところに引っ越す必要もあって、複雑だったけれど、真白ちゃんとの将来のために僕は引っ越すことを決意した。
引っ越して、小学生になってからは、嫌でも勉強をして、どんどん知識を身につけていった。
そして、中学校は真白ちゃんが受験するという学園になんなく入ることができて、2年間ずっと待っていた。
……で、まさかの僕たちは片想いで結ばれることができたのだ。
しかも、真白ちゃんは小さい頃から変わらず純粋無垢でびっくりした。
ほんと、あの子は僕が守って行く。絶対に。
……そしていまは、婚約の話を自分の両親と話しているところだ。
「私は、千星は真白ちゃんと結婚するためにとっても頑張ったんだから、婚約には十分賛成よ」
「……ああ、俺も同意見だ」
「じゃあ、もう少ししたら真白ちゃんに婚約の話、持ちかけてもいい?」
「それはまだやめておけ」
「なんで」
僕は、早く周りに真白ちゃんが僕の婚約者だから近づくなと言いたい。
絶対に、真白ちゃんが離れて行くなんて許さない。
「真白ちゃんはまだ中学一年生なんだぞ?せめて真白ちゃんが高等部に上がってからにしろ」
「……はいはい、わかりましたよ」
父さんになんか言ったって無駄だってわかってるから……仕方ない。ここは我慢するか。
……少しだけ。2年半の辛抱なのだから、いままで真白ちゃんに片想いしていた時と比べれば、ほんの一瞬にも感じられる。
「それで、お前に話がある」
「なに?」
真剣な顔をしている父さん。それに、母さんまで。
「……小華井、美玲、わかるか」
「さぁ」
あんなヤツ、知らないな。
「お前、告白を断ったらしいな」
「……なにか問題が?」
「いや、お前の人生なんだから結婚相手が真白ちゃんなのは賛成だ。だが、小華井の社長がうるさくてな」
……あれ、小華井って財閥だったっけ。
真白ちゃんが僕の中でトップの上品だから、下品なアイツはなんだったのかわからないぐらいだ。
「お前と婚約しろと」
「……はは」
父さんだって、知ってるはずだ僕が大の女嫌いなこと。
それに、父さんだって女嫌いだし。
「あともう一つ」
「なに?」
「鷹司蒼が、真白ちゃんと婚約したいと思っているという噂を聞いたからそれだけ伝えておく」
……鷹司蒼……。
真白ちゃんの幼なじみという、アイツか。
はぁ……ライバルが多すぎるな。
真白ちゃんが優しくて、誰でも惚れてしまう気持ちは痛いぐらい一番わかると断言できる。
ああそうだ、七宮一弥、アイツも厄介そうだ。
……とにかく、真白ちゃんを守り抜かないと。
あの子の隣は、絶対に僕じゃないといけない。
醜い独占欲と、素直に思う気持ちが交差して、複雑な感情が出来上がる気がした。
*
数日後。
もうすぐ冬休みが終わるという頃、僕は生徒会の仕事に追われていた。
……こんな時に、癒しが欲しい……。
そんな時は、幼い頃の真白ちゃんの写真を見ること。
そして、最近の大きくなった真白ちゃんの姿を見る。
これでモチベーションを上げて、再び生徒会の仕事をするの繰り返し。
その時だった。
コンコンッ
「はーい」
使用人だろうか。
ガチャンッ
「千星先輩……!!お疲れ様です!」
「……ましろ、ちゃ……ん!?」
「はい!真白です!」
とことこと効果音がつきそうなぐらい愛らしくこちらに近寄ってきた真白ちゃん。
「な、なんで……?」
「千星先輩が頑張ってるって聞いて!」
「え、誰から?」
「先輩の執事さんから!」
「七宮からってこと?」
七宮優弥、僕の執事だけれど……。
……ん?“七宮”優“弥”?
なんか、七海一弥とめちゃくちゃ似てないか?
いまさらながら、そんな気がして止まない。
「はい!」
「ねえ、真白ちゃんが知ってるかわからないけど、七宮一弥の兄?」
「あ、そうらしいですね」
……なぜ、いままで気づかなかったのだろう……。
はぁ……。
「?どうかしましたか?」
「いや、なんでもないよ。それより、きてくれてありがとうね、真白ちゃん」
ほんと、生の真白ちゃんが見れて幸福だ。
「いえいえ!私、先輩に会えてとっても嬉しいです!」
「真白ちゃん……ありがとうね」
「ふふっ、こちらこそ!あ!これよければ、ケーキ作ったんです!美味しいかわからないけれど、嫌でなければ食べてみてください!」
「うわぁ!ありがとう!」
箱に入ったケーキ。
お店の物かと疑うほど美味しそうだ。
「僕甘いもの好きだから、嬉しいな」
「えへへ、よかったです!」
「あ、よければ真白ちゃんもおやつの時間になったら一緒に食べない?」
「いいんですか?」
「もちろんだよ!」
っていうか、真白ちゃんと食べた方が絶対美味しい。
ああ、やっぱり幸せだなぁ。
僕は、この幸せためならなんでもできる気がする……。
けれど、悲劇は起きる。
これだけ幸せな日常も、どんどんと崩れて行く。
———でも、真白ちゃんはなにがあっても、絶対に僕のものだ。
それだけが、なにがあっても揺るがないたった一つの真実。
*数ヶ月後*
私は中学2年生に。
私たちの仲は良好で、いまでも付き合っている。
けれど……。
先輩は高等部に上がってしまい、なんだか少しだけ距離を感じてしまっている。
いまは、そんな不安を莉奈ちゃんに聞いてもらっているところだ。
「……まぁ、しゃーないわよね」
「うう……」
「アタシの彼氏なんて、高等部2年よ?」
「あ、そっか……」
莉奈ちゃんと東さんはお付き合いを始めていたらしい。
「まぁ、うちの学校大学まであるし、ほぼずっと一緒にいれるから前向きに行こ?」
「そうだね……」
莉奈ちゃんも、気持ちはおんなじだし。
「あー。それよりも、私たちに後輩ができたんだよ!?」
「あ!そうだったね!」
私たちが中学2年生になるということは、1年生が入ってくるということ。
ふふっ、なんだか嬉しいなぁ。
「にしても、2年もクラス一緒でよかったわ〜」
「うんうん!私も!」
蒼とは分かれちゃったけれど、莉奈ちゃんとはおんなじクラスで本当によかったー!!
これで、中学生活も楽しめそう!
「あ、今度さ、ダブルデート行かない?彼氏たち高校生なわけだし、遊園地とか!!」
「え、めっちゃいいね!!行きたいー!!!」
ふふっ、楽しみだなぁ。
「じゃあ決定ね!!莉央と私の予定、整理しとく!」
「はーい!」
じゃあ私も先輩に聞いてみないとなぁ予定。
*
そして放課後。
今日も、また先輩と帰る。
「真白ちゃん、手」
「あ、はい!」
ぎゅっと繋いだ手。
なんだか、先輩はこの一年でとっても背が伸びたと思う。
……少しだけ、寂しいというか……。
日々大人っぽくなって行く先輩に、まだまだおこちゃまな私。
いつか、捨てられてしまわないか心配なことが多くて。
「……先輩は、どこにも行かないですよね」
「なんで急にそんなこと?」
「……なんだか、先輩がどこかに行っちゃいそうだから」
なぜだか知っているような気がする、先輩が自分の側から消えてしまう苦痛。
「あはは、真白ちゃん、なに心配してるの?“僕は”真白ちゃんから離れないよ」
「本当、ですね?約束ですよ!」
「ふふっ、うん。真白ちゃんも、僕から離れたらだめだからね」
私の手を握る手が少し力んだような先輩の手。
「……はい!」
やっぱり、先輩と一緒なら、なんでもかんでも大丈夫な気がする……!!
「真白ちゃんは、幼なじみとかいるの?」
「?幼なじみですか?いますよ!」
「だぁれ?」
「えっとですね、莉奈ちゃんと蒼です」
それぐらいかなぁ。いま中学校にいるのは。
「……そっか」
「はい!」
あれ……?なんだ、先輩悲しそう?
悲しいというか、切ないというか……。
なんだか、先輩、様子がおかしい。
「先輩、なにかありましたか……?」
「?あ、ううん。なんでもないよ」
「……そう、ですか」
無理矢理作った笑みを見せられる。
……もしかして、私なにかしちゃったのかな……?
「…………」
しばらく続く無言。
気がついたら、自然と繋いでいた手が離れる。
けど、お互いにまた繋ごうとはならなかった。
*
時刻は午後9時半。
いまはベッドの上でゴロゴロしているところだった。
……にしても……モヤモヤする。
私、先輩にやっぱりなにかしちゃったのかな……?
「むー……」
どうしよう……なんだか、私たちの関係が危うくなって行ってる気がする……。
私、先輩とこれから一緒にいられないなんて、絶対にやだ……!!
どうにかして、先輩があんな切ない顔していたのか、突き止めないと……!!