一尉は大きなオフロードのハンドルを握ったまま、淡々と語り続ける。
 家路に向かう車の列で、道は少し混んでいた。

「優の親父さんは有名な外科医で、優は親父さんの緊急手術を受けて、一命を取り止めた」

「……それで、どうなったんですか?」

「俺は泣きながら、優のご両親に土下座した。そんな俺を見下ろして、優の親父さんは、俺にこう言った」 

 何かを噛みしめるように、一尉は言った。

「今まで娘をありがとう。でもお願いだから、もう娘とは会わないでくれ、と──」

 私も萌音も、何も言うことができなかった。
 
「以来、優とは会っていない。俺は自衛隊に入って、トップファイターを目指した。優を捨ててまで選んだ道だ、中途半端は許されなかった」

 航空祭で、小桃さんが言った通りだった。
 誰よりも強くて、誰よりも寂しい戦闘機パイロット。それが、桧山一尉だった。
 
 言葉はなかった。薄暗い車内には、微かなエンジンの響きとタイヤの走行音だけが伝わって来ていた。

 やがて私は、こう(たず)ねた。

「優さんは、今どうなさっているんですか?」

「風の噂では、親父さんの跡を継いで医者になったそうだ。だが、医者は激職だからな。優のご両親は、優に跡を継がせるというより、然るべき医者を婿に迎えて継がせるために、優に医師免許を取らせたんだろう」

「そんな……」

 桧山一尉はその噂を、どのような気持ちで受け止めたのだろう。

「あの、桧山さん」

 萌音が、おずおずと口を開いた。

「その話、誰にも話してこなかったんでしょう? なんで今、私たちに教えてくれるんですか」

 一尉はちらりと、助手席の私を見た。
 その目がはっとするくらい、優しい色を浮かべていた。

「さくらは、俺のことを好きだと言ってくれた。真剣な想いには真剣に応えたい。そう思っただけだ」