声を上げて泣き続ける哲也を残したまま、私たちは桧山一尉のオフロードタイプの車に乗り込んだ。

「哲也は──?」

 顔を覆ったままの哲也を振り返って、問いかけた萌音に、一尉はこう答えた。

「一人にしてやろう。必要なことは全部、さくらが言ってくれた」

 桧山一尉はイグニッションを押して、大きなオフロード車をスタートさせた。   
 市営体育館前の道から大通りに合流したところで、一尉はおもむろに、静かな声で語り始めた。

「さくら。俺には昔、恋人がいた」

 私も萌音も、なにも言わずに一尉の言葉に耳をそばだてた。

(ゆう)という名で、もの静かな子だった。俺は優のために、バスケに打ち込んだ。試合に勝つと、優は自分のことのように喜んでくれたから」

「……」

「優は、生まれつき心臓が悪かった。部活どころか、体育の時間はいつも見学していた。俺は、優の想いも背負っているつもりで、試合に出て、勝ってきた」

 信号待ちで止まった一尉の横顔を、右折車のヘッドライトが一瞬、照らして消えた。

「でも高3になって、俺は優よりも昔からの夢を選んだ。自衛官は、退役まで転勤・転属を繰り返す。身体の弱い優を、とても連れていけなかった」

 私も萌音も、息を呑んだ。
 二人は、別れさせられたんじゃなかったんだ──。

「ある日曜日の午後、俺は優を呼び出して、別れを告げた。そうしたら──」

 一尉は大きく深く、息を吐き出した。

「優は心臓の発作を起こして、俺の目の前で倒れた」

 時間が止まったように、感じた。

「俺は優の身体が、糸の切れた操り人形のように倒れて、救急車が駆けつけて、救急隊員が病院に連れて行くまで、何もできずに、ただ立ち尽くしていた」