小桃さんの言葉を聞いて、私は考えていた。
 哲也のことも、正解がわからない。
 そして、小桃さんの「人を愛するには、ときに自分を矯めることも必要」って言葉。
 もし、そうなら──。

「小桃さん」

 私は、自分のもやもやした思いを、口に出していた。

「桧山一尉は今、自分を矯めているんでしょうか」

「……」

「矯めているとしたら、誰のためなんでしょう」

 小桃さんは、切れ長の瞳で私をじっと見詰めたあと、急に萌音に向けて、

「萌音ちゃんは、どう思う?」

 と話しかけた。

「わからない、です」

 萌音は、こう言った。

「桧山さんが、自分に罰を与えるつもりで一人を貫いているのか。昔の彼女が忘れられなくて、彼女を待ち続けるために一人でいるのか」

「……」

「私にわかるのは、とても寂しい人なんだろうな、ということだけです」

 私たちの中では、『ぼっち』だの『寂しい』だのはいい言葉じゃないんだけど、なぜだろう、桧山さんの姿には、そんなネガティブなイメージが湧かない。

 例えて言うなら、切り立った崖の上にとまって青空を見上げる、一匹の大きな鷹のような……。

「寂しい……、そうかもしれないね」

 小桃さんは、静かに微笑んだ。
 その微笑みは、私が見ても胸がざわつくくらいに、綺麗だった。

「その寂しい人が、自衛隊最高の戦闘機パイロットなんだから、不思議よね……」

 小桃さんが、桧山一尉のことをどれだけ想っているか。
 それが感じられる微笑みだった。

 私は考えていた。 

 想いを撥ねつけられて、逆上して私を掴み寄せた哲也と、途切れた想いの中で、今も息を潜めているような桧山一尉。

 その差が、子供と大人の差ということなんだろうか、と──。