興梠修一郎が内広舞を気にし始めた頃、由利は修一郎にふと尋ねた事があった。
「先生、内広さんと最初に会話をするとしたらどんな内容ですか。」
 すると修一郎は
「食べ物の話かな。二人で行くお店を探すきっかけにもなる。」
 そんな修一郎に由利は言った。
「それじゃ、まず好みを聞かなきゃいけないですね。」
 すると修一郎は
「和食と和菓子が好きみたいだけどな。」
と答えた。
 由利は〈なんだ、そこまで知っているんだ。〉と思いながら
「だったら和食と和菓子の美味しいお店を探さないといけませんね。」
とありきたりな返事をした。すると修一郎は
「そうだな。そして水飯冷汁(すいはんひやじる)(ひや)カレー、それに鰤南蛮の話でもしようかと思う。」
と言った。由利は空かさず、
「それ、いいかも。」
強めの口調で答えた。

 由利が宗久と結婚する前の事だ。由利が宗久に会いに上京した際、空港からホテルまでの車の中で宗久が突然冷汁(ひやじる)の話をした事があった。
「蒸し暑い日が続いてるだろ。宮崎弁の温い(ぬきぃ)ってやつ。だから由利の作った水出し冷汁食べたいな。」
「あっ、それ水飯(すいはん)冷汁。先生のオリジナルなんだよ。って言っても炊き立てご飯を冷水で一気に冷やして、ご飯が柔らかいうちに食べるだけなんだけどね。」
 由利がそう言うと宗久は嬉しそうに喋り始めた。
「それそれ、ご飯が柔らかいうちに食べるの最高。コンビニで買ったカレーはご飯固くなってるから冷たいまま食べたくても無理があるんだよね。」
 そんな宗久に由利は言った。
「コンビニのカレーは温めるて食べるように作ってあるから仕方ないよ。それじゃあ明日のお昼、(ひや)カレー作ろうか。」
 由利の提案に宗久は楽しそうにはしゃいでいる。そんな宗久に由利が言う。
「ちゃんと前を向いて運転してね。」
 その日の夕方、由利と宗久は明日のカレーの材料を買いにスーパーに行った。

 翌日、由利は宗久の実家に行った。家には宗久の両親がいた。由利は両親に挨拶をすると母親に〈厨房を借ります。〉と言って準備を始めた。
 由利はまず米を炊飯器に入れてタイマーをセットすると手際良くカレーのルーを作り始めた。スパイスの調理も油は極力少なめにする。肉も鶏の胸肉にして油分を極力減らした。ルーは冷たい温度でもさらりとしているように粘り気がないように仕上げる。ご飯が炊き上がり蒸らし終えると一気に冷水で冷やした。
 由利は順次、取り分けた皿を宗久の父親、母親そして宗久の前に置く。
 宗久は皿が置かれると同時に
「いただきます。」
と言って食べ始めた。母親は宗久に
「大ちゃん、行儀悪いわよ。」
と言う。由利は宗久が家でも〈大ちゃん〉と呼ばれているんだなと嬉しい。
 父親が
「由利ちゃんは料理うまいね。」
と言ったので由利は
「ありがとうございます。でも難しい料理じゃないんです。ポイントはご飯を一気に冷やして柔らかいうちに食べるだけなんです。」
と答えた。