「もう着いてたんですね。私、気がつきませんでした。」
 由利が言うと、
「まぁ、それもいいんじゃないのか。」
と修一郎は軽く流す。
「この際だから先生、何か言い足りないことはないですか。」
 由利はまだ聞き足りないと言った表情をしている。
「そうだな、弥生に〈きちんと離婚したらそのままホテルに直行するぞ〉って言った。」
「そしたら弥生さんは何て言いました。なんとなく想像つきますけど。」
 修一郎は言葉を続けようとしていたが遮るように由利は質問した。
「〈オマエ、自惚れるのもほどほどにしろ。誰がお前なんかとホテルに行くか、バカァ。〉だよ。」
「その光景が浮かびます。その時の弥生さん、どんな表情だったんです。」
「嬉しそうに笑っていた。」
「分かります、分かります。でも先生は本当に弥生さんのことよく覚えてますね。それじゃあ、もう一つ。どうして会社では周囲から変な目で見られなかったんですか。」
「由利ちゃんも知っての通り、亮太と勇介を会社でバイトさせて家族ぐるみの交流にした。」
「それもすごくよく解ります。自分から積極的に近づいて他の女の人を近づけたくなかったのもあるんじゃないんですか。私がアルバイトに入った時もすごい怖い顔して睨んでました。」
「それだけ由利ちゃんが綺麗で、スタイルがいいのを意識したんだろう。」
「確かに弥生さんより背は高いですけど、全然弥生さんの方が美人ですよ。」
「〈私の方が弥生さんより若くて綺麗。〉って言わないの。」
「先生やめてください。弥生さんに呪い殺されます。」
「それで笑える話な。 会議中、弥生の意見を僕が否定した。会議の後に部屋の片付けを二人でしてたら、突然弥生が飛びかかってきて、膝蹴りしたり組み付いてきたんだ。そこに差し入れを持って、他店のスタッフが三人来た。〈課長、何してるんですか。犯罪になりますよ。〉の展開だ。 男二人と女の子一人だったんだけど女の子は〈ちょっと外に出ましょうよ。課長、主任、お取り込み中に失礼しました。〉だって。」
 修一郎の話を聞いた由利は大笑いをして、
「それだけ弥生さんは強烈に心に焼き付いているんですね。でも内広さんは弥生さんを簡単に押し出してしまえる。」
 由利は少し寂しそうに言うと、
「先生、ありがとうございました。」
と言い車を降りた。