「先生、私弥生さんの最期の言葉が今でも脳裏に焼き付いていてその時の光景がはっきりと浮かんでくるんです。」
 由利の声は少し沈んでいた。

 その日、弥生の意識が戻り夫の将治から連絡が来た。〈弥生がどうしてもあなたに会いたいと言っている。〉
 由利が病院に駆けつけた時は既に将治と長男の亮太、次男の勇介が病室で弥生のベッドを囲んでいた。由利の姿を見た弥生が言った。
「由利ちゃんと二人だけにして。」
 三人は病室を出た。由利は弥生の枕元に行くと、弥生の頭の高さまで腰を落とし、
「弥生さん。」
と一言言った。弥生は先程まで意識がなかったとは思えないような明るい声で喋り始めた。
「由利ちゃん、来てくれてありがとう。人生って皮肉ね。私、おそらく百人以上の男に口説かれた。付き合ってください、結婚してください、友達になってくださいとかね。ナンパされた数まで入れたら千人超えてるわ。でもね一番好きな男には一度も抱かれたことがない。あいつ、ギュッもしてくれなかった。一度でいいから思いっきりギュッてされたかったな。」
 弥生は目に涙を溜めていた。大粒の涙が弥生の頬を流れる。そして、
「由利ちゃん、幸せになってね。」
と言うと目を閉じた。
 由利は弥生から担当医に視線を移した。担当医は首を横に振った。由利は思いっきり泣いた。担当医がそんな由利に言った。
「思いっきり泣いてください。あなたが落ち着いたら家族の方に入ってもらいましょう。」
  由利は修一郎に無性に腹が立った。〈なぜ 先生はここにいないの。弥生さんは私に言いたかったんじゃない。先生に言いたかったのよ。〉