「結局、最後まで朗読しないとダメなんだな。」
「当然です。でもその前に一つ聞かせてください。それだけ先生の心の大半を占めている弥生さんを内広さんはにっこり笑っただけで押し出せるんですか。」
 由利は不思議だった。たった今、官能的とも言える弥生の夢を見たばかりの修一郎のどこに内広舞の入る隙間があるのだろう。

「そこなんだ。一生懸命仕事している彼女を見ていたら心の隙間にふと入って来た。それからはレジで笑顔を見ると僕の心の中で内広さんが弥生を押し出したり弥生が内広さんを押し戻したりしているんだ。」
「私も今回は魂とか霊の存在を信じたくなりました。弥生さんが内広さんを先生の心の中に入れたくないのかなって。五月さんとさつきちゃんに会ったことも先生が弥生さんの夢を見たのもそうです。私、先生が〈弥生は夢にも出てこない。〉って言ったの覚えてるます。」
「それじゃあ夢の続きを朗読するか。」

 修一郎は再び話し始めた。

 弥生は修一郎と食事をするためにホテルの上階にあるレストランを予約していた。あまり堅苦しくなく洋食を箸でつつけるようなレストランではあるが価格帯は少し高めだ。弥生はここだと会社の人間と出会わないと考えた。
 先程のサプライズなキスのせいか弥生は修一郎に殆ど視線を向けない。注文の品を決める際に軽く微笑みながら、
「次は何食べる、何飲む。」
と顔を逸らしたまま、横目で修一郎を見て喋るだけだ。
 食事を済ませると二人は展望台に登った。 照明を落とした展望台は平日であっても圧倒的にカップルが多い。
 修一郎と弥生は無言のまま窓際の手すりに寄りかかり夜景を見ていた。暫くすると修一郎は弥生の手を引っ張り、少し後ろにある長椅子に座ると弥生を膝の上に乗せた。
 弥生がワンピース姿と言うのは珍しい。修一郎は弥生がスカートを履いたのを一度しか見たことがない。修一郎は弥生を膝の上に乗せたまま、ワンピースの裾を太股が見えるくらい捲り上げた。
 修一郎が視線を上げると視線の先には社長と専務がいる。社長は修一郎と視線が合うと 頷くように首を縦に振った。

 修一郎の朗読が終わると由利が問いかけてきた。
「先生と弥生さんとは実際にそんなことって言うか、それに近いことあったんですか。」
「それは想像に任せる。その方が由利ちゃんの勉強になる。」
「分かりました。でもいつかははっきり聞かせてくださいね。」

 由利は車を降りてディスカウント・ドラッグに向かった。