修一郎は国道に沿って南に車を走らせた。由利は無言のまま窓の外を見ている。二人の会話は途切れてたままだ。

「弥生とは沈黙の時間がよくあったよ。弥生が疲れて助手席で眠ってるんだ。そして夕食に牛丼を食べて終わるデートもしばしばなんてね。」

 由利は無言のままだったがしばらくしてポツリと言った。
「だから助手席に女の人がいるときは他の女の人の話をしちゃ駄目ですって。私も一応女なんです。学習してください。」

 国道を南下していくと小さな港が点在する。修一郎はその中の一つに車を乗り入れた。車が急ブレーキで停まった。由利驚いては修一郎の顔を見ると何かを見ているようだ。由利は目線を追った。目線の先にはジョギングをしている少女がいる。
 由利は感情を抑えきれないくらいにカチンときた。修一郎に対してこんなに腹が立った事はない。
「いい加減にしてください。今日の先生は少しおかしいと思ってたけどそれが本性なんですか。弥生さんの〈あなた変よ〉の意味が凄く理解できました。」
「由利ちゃんも今日おかしいよ。五月さんと会ってからかな。ごめん、ゆりちゃんには分からないだろうけどあの女の子は高校時代の弥生にそっくりだ。」
「えっ…」
 由利はそれ以上は何も言えなかった。由利は高校時代の弥生を知らない。修一郎も高校時代の弥生には会っていないはずだ。
 由利は修一郎に尋ねた。
「どうして高校時代の弥生さんに似てるって言い切れるんです。」
「まずあのジャージかな。紺に3本線、弥生に見せてもらった写真では同じようなデザインのモノを着ていた。靴も同じ3本線。そして走りながら時々腕のストレッチをするのが弥生の癖だ。」
 修一郎がそう答えたので由利はペロリと舌を出した。
「先生、失礼しました。同じ服装で同じ仕草をしていれば遠目に見たら同じ人かと思って当然ですね。しかもそれが最愛の人だったら。」
「最後は余計だな。」
 修一郎は笑った。由利は修一郎に顔を向けたまま目線だけを斜め上に逸らした。

 少女は防波堤の先端に向かってジョギングを続けている。腕のストレッチをしながら走っているため胴切れして見える肌がウェアの横線みたいだ。

「先生、私彼女に会ってきますね。防波堤をゆっくり歩けばいやでもすれ違います。私が手を振ったら先生も歩いてきてください。私と先生が親子と言うことにすれば大丈夫だと思います。」
「分かった。」
 修一郎が返事をすると由利は車を降りて防波堤へと歩き始めた。