「じゃあなんで俺の事選んだの?話してくんなきゃ顔で選ばれたってことになるよ?」

「そ、れは…」

「証明してよ」

うまいこと誘導されてしまう形になってしまった。
この人はどうしてこんなにうまく誰かの行動を左右させられるのだろう。
太い幹に額を当て、日下部にも聞こえる声で唸り声をあげる。
反動で揺れた毛先から大きめの雫が垂れた。
会話が止まり、今まで気にするほどではなかった雨の音がやたらと鼓膜を揺さぶる。

「てか遠い。雨うるさくて声がよく聞こえない」

「あ、じゃあ電話で」

「なんで?もういからこっちおいで?」

「え、嫌や」

おいでてなんや、おいでて、なんっ。
可愛い言い方すんな。
ドキッとするわ、もうしてるけど。

「そっちには、行きたない」

「めんどくさいなぁ、ほんとに」

最初めんどくさそうにされたときとは違い、柔らかい声と語気に苛立っていないことを感じ取れた。
湿った地面を蹴る音が聞こえ、そちらに体を向けると同時に日下部が目の前に座り込んだ。

「ほら、来たよ?話して?」

至近距離で目が合う。
日下部の瞳に自分が映り込んでいるのを見て、視線が絡んでる事実に心拍が跳ね上がる。
綺麗な瞳。
自分と同じく、雨の雫が額に貼り付いていて、長めの前髪は二重の筋にざっくり刺さっていた。

「やっぱ見るね…」

髪をかきあげた日下部の声は小さすぎて、雨の音に拐われてしまう。
すぐそこにいるやよいの耳にさえ届かなかった。
日下部の眼光に身動き取れないやよいは、その瞳の強さに根負けして「話す」と応じた。

細く息を吸い込み、日下部から視線を外すことなく言葉を紡ぎ始めた。