夕日に照らされた日下部は気恥ずかしそうに、けれど何かに縋る子供のような顔でやよいを見ている。
やよいは「ん」とだけ答えて、また力を込めた。

「でも、得られたものはあったかもしれないな…、園村さんが俺の歪んだ人格の被害にあわなくてよかった。あんなことの対象にならなくてよかったよ。付き合ってただ傷付けるだけの対象にならなかったことは、俺にとって救いだった。今の俺は、園村さんをそんな目にあわせたくはないから」

恋人でもない、だからといって友達でもない。
けれど、それよりずっと、心と想いを大事にしてもらえたような気がして、傷付けたくない対象になれた自分が嬉しくて、奥歯のずっと奥の方が甘酸っぱい痛みを覚えた。

「でも、あんな断りかたしてごめん」

突きつけられた言葉が甦る。
そう言えば酷い言われ方をされた。
あの時はアイデンティティがどうとか腹を立てていた。
けれど、事情を知ってしまえば当然だろうと感じる。

あの時はちょうど父親の浮気が発覚した翌日だったという。
そこにタイミング悪くやよいが告白をした。
愛だの恋だの、好きだのなんだのと気持ちに振り回されて自我を失う輩に、心底腹を立てていた日下部は、ただその怒りをぶつけた。

「親父のいい加減な色恋沙汰にむしゃくしゃして、どうしても抑えきれなくて、君にあたったんだ。本当にごめん」

頭をズブズブと沈め、立てた膝と膝の間に沈ませる。
膝の上で握られた拳が震えていた。
自分の愚行を呪っているのが、嫌でも伝わった。

義母と再婚してまだ二年ほどの間に、また、浮気心を疼かせたのだ。