しかし懐かしがってもいられなかった。

「私すんごいこと、その、お母さんに言うてしもたけど、大丈夫やろか…帰ったら日下部くん嫌な目にあわされへん?」

頭が冷めれて出てくるのは、当然そちらの不安。
目上の大人に対して、結構なことをのたまったやよいの不安も当然だろう。
日下部がこの後家に帰ったら、さきほどなど比べ物にならないくらいの扱いを受けるのは想像に難くない。
母親のあの夜叉に変化した顔を改めて思い出すと、前向きな想像などとてもできない。
完全に自分の失言のせいだと感じたやよいは、両手で頬を覆って青ざめた。

「引き取ってくれるんじゃなかったの?」

もう一つの爆弾宣言を、日下部が真面目な顔でつっこんだ。
やよいにはもう日下部のSOSにしか思えなくて、恥ずかしがっている場合ではなくなった。
 
「や、引き取るよ?もちろん引き取るけど、え?引き取るってどういうこと?」

「知らないよ、あははは」

言ってはみたものの、具体的プランなどないやよいは当然テンパるわけで。
日下部としてもまさか本気で引き取られようなんて考えてなかったから、面白半分でやよいに振っただけだ。
ただ、出来ることなら引き取られたい、それくらいの期待。
けれど、やよいからは本当に引き取ろうとしている意思が見えて、それが無性にありがたかった。

「あの人母親だって言っても、義理なんだよね」

日下部のトーンが下がる。
悲しげではなく、聞いてもらいたい、そんな口調。

「うん、そんな感じなんかなぁってのは思った…」

でなければあんな敬語、ちょっと考えられない。
違和感は勘違いでも思い過ごしでもなかった。

「だよね。連れ子再婚とかでもなくて、あそこは親父とあの人の不倫で始まった家族でさ。不倫の結果妊娠して弟が産まれて…あ、さっき会ったのが弟なんだけど、で、結局不倫関係に苦労させられた母さんの方が捨てられて、俺は母さん側に引き取られて…ただ親父のいない家族ってだけだと思ってたら…」

母親が逃げたのだ。
男と。