「誠吾さん」

「ん?」

 今にも泣きそうな顔で私を見た瞬間、たまらずシートベルトを外して誠吾さんを抱きしめた。

「な、凪咲?」

 突然の抱擁に初めて誠吾さんの戸惑う声を聞く。

「契約上の関係ですが、私は正真正銘誠吾さんの妻です。つまり家族ってことですよね?」

「あ、……あぁ」

 顔を上げて歯切れの悪い返事をした誠吾さんを見つめた。

「家族の前でくらい、強がらないでください。……大切な人が亡くなったんです、悲しくないわけがないじゃないですか! 泣いてあげてください、おじいさんのためにも」

「凪咲……」

 私は誠吾さんにたくさん助けられた。父の借金を清算してくれて、私と母だけではなく、父に対しても寮付きの就職先を紹介してくれた。
 親権を父がなかなか譲ろうとしないと聞いていたけれど、弁護士が力になってくれて離婚成立も間近だ。

 一生かけても返せないほどの恩ができたのに、私はなにひとつ誠吾さんに返すことができていない。だから少しでも誠吾さんの力になりたい。

 その思いで言うと、誠吾さんは「まいったな」と乾いた笑い声を漏らした後、深く息を吐いた。

「じいさんの夢を叶えてやることができたし、後悔なく見送ることができた。すっきりしたはずなんだけど、な」

 次の瞬間、誠吾さんは力いっぱい私を抱きしめた。