【陸奥】


「チッ!」

フェーンは舌打ちすると、機体から信号弾を発射した。

もしもの時に、用意しておいたもので、撤退を意味していた。

しかし、それを見ても、アーサーの機体は止まらなかった。

「よくも、トニーを!」

ノアのコアを食い千切ったオリジナルフィギュア向かって、マシンガンを向けた。

「やになるわ!」

オリジナルフィギュアの後ろにいた陸奥が突然、ノアの前に瞬間移動した。

「な」

絶句するアーサーの視界が、2つに割れた。

「あたしを無視するなんて」

陸奥に握られた巨大な鎌が、ノアの腰の辺りを斬り裂いていた。

「アーサー!」

フェーンは咄嗟に、上空からマシンガンを撃ったが、陸奥の装甲に跳ね返された。

「さようなら」

今の攻撃で、ノアのコアも真っ二つになったが、陸奥のパイロットは気にしていなかった。

「まったく…」

陸奥はそのまま、アーサー一機に翻弄されていた三機のブシを見た。

「日本軍が、やつらのフィギュアごときに、いいようにされて!」

陸奥は、蛇のような胴体で跳ねると、地面を蹴り、着地するまでの一振りで三機のブシの頭を跳ねた。

その意味を悟ったブシのパイロット達は、慌ててユーテラスから出ると、パラシュートを使い、地上に向けて飛び降りた。

「まったく」

陸奥は、ブシのユーテラスに腕を突っ込むと、その後ろにあるコアを抜き取った。

「く、くそ!」

フェーンは機体を旋回させると、状況を改めて上空から確認した。

「私1人では、どうしょうもできないな」

せめて、コアを回収したかったが、地上に降りれば、陸奥の攻撃が待っている。

「最後のオリジナルフィギュアの正体が、わかっただけでも、よしとせねばならぬか」

フェーンは唇を噛みしめながら、機体を海へと向けた。


「まったく〜逃げ足も速いわね…鳥ちゃんは。でも」

陸奥は、周りを見た。

「新型のガルが、一機だけって、本当に日本の基地かしら?」

陸奥のユーテラス内で、肩をすくめた。



「陸奥!?」

河村は、オリジナルフィギュアと陸奥の間くらいに、機体を着地させた。

――うおおお。

突然、地響きのような雄叫びが、基地内の空気を震わせた。

「?」

河村が振り向いた時には、オリジナルフィギュアは前を通り過ぎ、真っ直ぐに陸奥に向かって走っていた。

「成る程ね」

ブシ達のコアを食べていた陸奥は、振り向き様の鎌を横凪ぎに振るった。

「目覚めたばかりで、お腹が空いていると!それも、雑魚ではなく、陸奥のコアがほしいと!」


その動きを、目で見ていた管制室の人間達は、目を見開いた。

「馬鹿な!オリジナルフィギュア同士で、戦うだと!や、やめさせろ!」

司令官の言葉に、オペレーターは冷静に答えた

「通信…まだ回復しません!」

「く、くそ!」

その答えに、司令官は目の前のディスクを叩いた。



「少し傷物になったけど…まあ〜仕方ないわ」

陸奥のパイロットは笑った。

しかし、その笑いはすぐに凍り付くことになった。

オリジナルフィギュアは左腕で、鎌を受け止めていたからだ。

「な!こ、こいつのコーティングは!」

そして、腕の力だけで、鎌を押し返すと、陸奥の頭部に右拳を突き刺そうとした。

「だけどね!」

拳があたる寸前、陸奥の尾が、オリジナルフィギュアの足下に絡み付き、バランスを崩させた。

「経験値が足りないのよ!」

その為、地面に背中から激突したオリジナルフィギュアは、陸奥の長い胴体に羽交い締めにされた。


「あ、あれが…フィギュア同士の戦いか?」

ガルの中で、呆然としてしまった河村は、二機の戦いがまるで…別の何かに見えていた。



「まったく〜仕方がないわね」

動きが封じられ、動けなくなりながら、もがくオリジナルフィギュアのバワーに内心驚きながら、パイロットは肩をすくめると、陸奥の手に残っていたブシのコアを、妹の口に持っていった。


「あんたは、貴重なオリジナル。特別よ」

コアを吸収すると、オリジナルフィギュアの暴走はおさまった。

「それにしても、パイロットは何やってるのかしらね。暴走させるなんて。起動後は、コアの搾取から始めるのにさ」

また機体の中で、肩をすくめると、パイロットの耳に、通信が飛び込んできた。

オリジナルフィギュアが動きを止めたことで、回線が戻ったのだ。

「蕪城卿。申し訳ありません」

司令官の言葉に、パイロットは欠伸をしてから、

「別に、問題はないわ。まだこの子は、赤子だし。それよりも、パイロットの教育をちゃんとしてよね!」

最後は軽くキレていた。

「申し訳ございません」

司令官は、頭を下げた。

オリジナルフィギュア陸奥のパイロットの名は、蕪城睦美。

日本の海の防衛の要であり、テラから恐れられる海の魔女である。

1日の殆どを世界中の海で過ごし、敵の空母や潜水艦を破壊している。

その為、テラの軍隊は、彼女の航路を避け、動きを常に警戒しなければならなかった。

オリジナルフィギュアで、常に活動しているのは、陸奥だけであった。

「久しぶりの陸地で疲れたわ。お風呂に入りたい!」

陸奥は、オリジナルフィギュアを羽交い締めにしながら、格納庫に向けて歩き出した。





(何だ…。ここは…)

オリジナルフィギュアの中で、コウは半目を開け、空を見ていた。

(引きずられている…。どこにいくんだ?)

朦朧とした意識の中、コウはこれから自分がどうなるのか…理解していなかった。

オリジナルフィギュアの最後のパイロットになるということが、どういうことなのか。

(お母さん…)

何故か…母親の顔が、ずっと頭に浮かんでいた。

もう何年も前に死別して、思い出すこともなかったのにだ。

オリジナルフィギュアのユーテラスの中で、コウはゆっくりと目を瞑った。

次に、瞼を開けた時…運命は大きく変わってしまっていることに、彼は気づくであろう。

ほんの数分の安らぎの中、コウは眠った。


【異端者の末路】


「ふぅ〜」

大きく息を吐いた後、白衣の男は、培養液の中に漬かったコアを見ていた。

「霧島博士」

突然、後ろから声をかけられたが、霧島は驚くことなく振り返った。

「何かご用かね?バド博士」

霧島がいるところは、ひんやりした空間に、培養液に漬かったコア達が、無数に置かれた…特別ルームであり、関係者以外立ち入り禁止であった。

「霧島博士、おききになりましたか?6機目のオリジナルフィギュアは、人型だったらしいですよ」

にやにやと笑いながら、近付いてくるバドから、視線をコアに戻した霧島は、口の中で呟いた。

「やはり…」

「確か…レクイエムも人型でしたよね」

素早い動きで、霧島の横に立ったバド。

「…」

霧島は一度、口を紡ぐと、

「詳しくはわからん。レクイエムは、コーティングを解いたことがないからな」

コアから離れ、部屋内を歩き出した。

バドも、その後ろに続いた。

「そもそも、人型は…戦いには不向きなはず。他のオリジナルフィギュアは、ある種…人のような部分がありますが、彼らは体のつくりは、まったく違う」

後ろから話し続けるバドの言葉に、隣の部屋に移る為に、壁のパネルに指を押し付けた霧島は、左右に開く壁を見つめながらこたえた。

「人型の兵器など、つくる意味がないことは、今までの人類の歴史が物語っている。あんな二足歩行のバランスが悪いものをどうするかね。アニメや漫画の世界だけだ。上手くいっているのはね」

「しかし、現実的に、フィギュアという兵器の殆どは、人型ですよ」

バドも指を、壁につけられたパネルに押し付けた。

「それは、フィギュアが…」

「そうフィギュアが」

バドは、霧島の言葉を遮ると、口を閉じ、数秒後に開けた。

「まるで…霧島博士の言い方では、フィギュアは…兵器ではないような言い方ですね」

その言葉に、霧島は前を向きながら、目を細めた。

「おっと、失礼」

バドは突然足を速めると、霧島を追い抜き、頭を下げた。

「いろいろ話をしたいところですが、私にもお仕事がございます」




顔を上げた時には、笑顔を作っていた。

霧島は足を止め、軽く眉を寄せた。

「もう1つご報告が!我々の新型ノアですが、日本軍のブシを圧倒したようでございます。流石は、どちらも開発に関わっていらっしゃったことはありますね」

「フン。先に納品したのは、あくまでも試作機。今度の量産機は、性能も上がっておる。やつらの新型をも圧倒することになる」

霧島の自信に満ちた言葉に、バドは笑みを浮かべながら、一番言いたいことを口にした。

「その日本軍の新型さえも、圧倒したのが…フェーン少佐の乗るゴールデンバードこと明智」

「!?」

霧島は、目を見開いた。

「なぜ明智などという名前をつけたのかは、わかりませんが…」

話を続けようとするバドに、霧島はきっぱりと言い切った。

「あの機体のコアは、量産できない。あれだけだ」

「!?」

霧島の言葉に、少し驚いた後、バドは笑った。

「アハハハハ!わかっていますよ。霧島博士のお蔭で、我々はフィギュアを持つことができるようになりましたから!感謝してもしきれない!」

バドはそう言うと、もう一度深々と頭を下げてから、霧島に背を向けて歩き出した。

「…」

しばらく無言で、バドの後ろ姿を見送った後、霧島は手を伸ばし、真横にある扉を開いた。

そこは、霧島の研究室であった。

研究室の角に置かれた机の上には、写真立てがあった。

その中で、椅子に座ったお腹の大きなブロンドの女の人を真ん中にして、右に霧島…左に、同じくブロンドの老婆が立っていた。

「エレン…。ティアナ」

霧島は写真を見て、呟くように言った。

そこに映っているのは、霧島の妻と娘。

二人とも亡くなっていた。レクイエムが世界を崩壊した…数年後に。

そのことが原因となり、霧島は日本を捨て、テラになる前のアメリカに亡命したのである。

霧島は、涙が溢れそうになる目を閉じた。

すると、1つだけ置いてきた心残りが、よみがえってきた。

「速水くん」

沖縄本土の最南端のとある場所で、霧島は潜水艦の前にいた。

「お義父さん。心配しないで下さい。浩也は必ず、私が育てて見せます」

日本軍の軍服を着た男は赤ん坊を抱きながら、霧島の前に立ち、微笑んでいた。

「しかし、娘のことだけではなく…私が亡命したとなれば…君の立場も」

潜水艦を目の前に立ちながらも、まだ躊躇っている霧島に、速水と呼ばれた男は笑顔で言った。

「私は、日本を愛しております。そして、妻も、この子も!勿論、妻が生まれた国もです。今は、相いれないことになっておりますが必ず、再び世界は平和に向かうと信じております」

速水は、霧島に向かって、敬礼をした。

「速水くん」

「どうか、お体に気をお気をつけて!お元気でお過ごし下さい」

「あ、ありがとう」

霧島は、深々と頭を下げた。

それが、義理の息子と孫の最後の会話となった。

もし、あの時…霧島が亡命しなければ、速水は…陸奥のパイロットになっていたはずであった。

結果…彼は、陸奥のパイロットにはなれなかった。

(彼が、どうなったのか…私は知らない)

独自に入手した資料にも、彼の名前はなかった。

(私は…)

霧島は写真を見つめながら、常に確かめていた。

(間違ってはいない。あのまま…日本だけに、フィギュアを独占させていたら、とんでもない事態になったはずだ)

そこまで言ってから、霧島は写真の真ん中で座る娘を見つめ、

(しかし…最後のフィギュアは、動いてしまった。あれをどうにかせねばならない。せめて、その機体のパイロットが、速水くんのような人物であればいいが…)

そこまで考えてから、霧島は写真から目を離した。

すると、表情が変わった。

机の上にある電話に手を伸ばすと、受話器に向かって叫んだ。

「新たな試作機の準備に入る。格闘戦を前提にした機体だ。一機ではなく、三機で確実に、仕留めるようにする。今ならば、まだ完全ではないからな。あのオリジナルフィギュアはな」

そして、受話器を置くと、机の上にあった手書きの設計図を握りしめ、再び部屋から出て行った。


【もう振り返れない】