(早く行かなきゃ!)


まだ濡れている髪の毛を雑に括った私は、廊下の端にあるエレベーターのボタンを連打した。


エレベーターは20階で止まっていて、全く降りてくる気配はない。


「あーもう…!」


エレベーターのボタンを連打しつつ、思わず独り言と共に溜め息が漏れた。


その時。


「そんなにボタンを押さなくても、エレベーターは降りて来ますよ」


背後から、笑いを含んだ低い声が聞こえてきた。


(え?)


自分の恥ずかしい姿を見られ、顔が真っ赤になるのを感じながら後ろを振り返ると。


「おや、これはこれは。おはようございます、昨日もお会いしましたね。私、湊の父です」


紳士、という言葉がお似合いの男性、湊さんのお父さんが立っていた。


その後ろには、早朝からメイクも髪型もばっちり決めた湊さんのお母さんが居る。


「あ、おはようございます!私、湊さんの所でお世話になっている丸谷紫苑です!」


昨日は挨拶だけで終わってしまったのを思い出し、私も慌てて自己紹介をした。


「紫苑さん…良い名前ですわね」


「あ、ありがとうございます…」


湊さんのお母さんの微笑みが眩し過ぎる。


えへへへ、と控えめに笑うと、


「紫苑さんも朝食へ?湊達はどうしたんですか?」


湊さんのお父さんー湊パパと呼ぶ事にするーが、不思議そうに尋ねてきた。