よし、と膝を叩いて姿勢を正した伊織の耳に付けたイヤホンが、不意にザザッと音を立てた。


(ん?)


それに伊織が首を傾げるより先、


『……じゃあ、またな』


イヤホンから長い沈黙を空けて聞こえてきたのは、いつもとは違って棘を含まない、優しい優しいテノール。


(…!?)



その声が琥珀のものだという事に、伊織に宛てたものだという事に気付くまで、何秒も時間が掛かった。



「こは、く…」


“またな”という事は、また会おうという風に捉えていいのだろうか。


琥珀は、こんな自分とまた会いたいと思っているのか。



その事実は、ボロボロにほつれた伊織の心を優しく縫い合わせていく。


もう、その言葉だけで十分だ。



今日何度目かになる涙が外界へ飛び出す前、伊織は上を向いて何とかそれを耐えて。


「リンちゃん、クレーンを下げて欲しい。行かなきゃいけない所があるから」


下でこのクレーン車を操縦している強者に、そう連絡した。





「操縦ありがとうリンちゃん!」


「いやー、全部英語で書いてあるし初めての事過ぎてよく分かんなかったんですけど、ボタン押せば何とかなったので良かったです!もう無茶はしな……って居ない!?」


数分後、地上に降りてきた伊織は、中森の返事を聞くのもそこそこに一目散に銀河の待つリムジンへと駆け出した。




「銀河、何か手伝う事ある?俺はやる事全部終わったから何でも出来るよっ…!」


リムジンの大きなドアを開けて中を覗き込むと、バリバリとポテトチップスを食べながらパソコンを操作していた銀河と目が合った。