琥珀は怪盗mirageの中でも驚異的な力を持っている方に分類され、特に左腕の腕力は俺達の中でもダントツの強さを誇っていた。


これはまことしやかに囁かれている噂だが、昔、琥珀と左手で腕相撲をした若手警察官は、全員左手から肘にかけての何処かを捻挫、打撲、もしくは突き指したらしい。


ふっと力を入れただけで鉛筆を折り、瓦割りでは全ての瓦を破壊するまでに鍛え上げられたその左腕が、こんな大事な時に使えないなんて。


まだ俺達は20階までしか到達していないというのに、ここからどうする気なんだ。



(どうしよう…)


その事について尋ねようかと口を開きかけたけれど、よくよく考えたらこの事態の深刻さは本人が1番理解しているに決まっている。


だから俺は、きゅっと口を引き結んだ。



その時。


「大也さーん、ジャケット要りますかー?」


先程航海を送り出した方角から、再びあの能天気な声が聞こえてきた。


「ん?」


先に振り向いた伊織が顰め面をしたのを目の隅に捉えながら俺もそちらを向き、


「なーんでそれ持って来たの!?親切心で仁の顔に掛けといたのに!着るわけないでしょうが!」


俺が着ていた血だらけのジャケットをぬっと突き出している航海の姿を発見し、呆れながら喚いた。