「早まるなよ!」

「なんですか?! 離してください」

「そんなわけにいかない!!」


 この人はいったいなんなのか。
 彼は服が濡れるのもいとわずに、私と同じように膝下まで海に浸かっている。


「いいから落ち着いて!」


 それはこちらのセリフです。
 そう言い返そうとしたのに、波が来て邪魔をされた。ふたりとも胸から下がずぶ濡れだ。


「とにかく海から上がります」

「きゃっ!」


 彼は私の右腕をいったん解放したと思ったら、代わりに私を横抱きにして抱え上げた。
 そしてそのまま足早に海から離れていく。


「お、おろしてください!」

「ダメです」

「あれ、私の荷物なんで!」


 置きっぱなしにしていたバッグとレモンサワーの空き缶が入ったコンビニ袋の方角を指させば、彼は歩く方向を変えてそちらに向かい、ゆっくりと私を浜辺におろした。