「あの茶色のマンションです。歩きにくいけど、もうちょっとがんばって」

「どうしてこんなに親切なんですか?」

「それは、俺のせいで必要以上に濡れたから」


 勘違いだったけれど、彼は善意で私の自殺を止めようとしただけなのに、気にしてしまっているみたい。正義感と責任感の強い人だ。


「ここです。どうぞ」


 マンションの八階にある一室の玄関扉を開け、男性が私を部屋の中へ(いざな)う。


「タオル持ってきますね」


 彼は玄関口で靴を勢いよく脱いで上がっていき、バスタオルとフェイスタオルを持って戻ってきた。


「そうだ、俺、霧矢 由稀人(きりや ゆきと)っていいます」

「私は渡川 琉花(とがわ るか)


 このタイミングで、互いに名前を知らなかったのだとハタと気づいて名乗りあう。


「琉花さん……いい名前だ」


 自分ではありふれた名だと思っていたので、褒められると気恥ずかしい。