校門に入ると、子供の頃に私の許嫁になったリアム・ネルソンの後姿を発見した。
「リアム様ーっ!」
大きな声で呼びかけると、リアムが立ち止まってクルリと振り返って私を見た。
「おはよう、クリス」
「おはようございます、リアム様」
私は彼に駆け寄り、満面の笑みを浮かべた。
「クリスは今日も元気だね」
金の髪に青い瞳で白い学生服が良く似合う、恐ろしい程美形のリアムがニコリとほほ笑む。
「ウッ!」
それを見た私は思わず胸を押さえてしまった。
「ど、どうしたの?クリス」
リアムがオロオロしながら声を掛けて来る。
「い、いえ…リアム様のあまりの眩しい笑顔に胸が射貫かれただけですから。でも大丈夫。心臓は避けてくれたので私は見ての通り無事ですよ」
するとリアムはプッと噴出した。
「本当に…クリスはいつも面白いことを言うよね?」
いつの間にか私たちは並んで歩きながら会話をしていた。
「そうでしょうか?でもきっとそれはリアム様のせいですよ」
「え?僕の?」
リアムは不思議そうな顔をして私を見る。
「ええ、そうです。リアム様の笑顔があまりにも美しくて、大好きだからその笑顔が見たくて、つい笑わせるような事を言ってしまうんです。お望みならあと30個以上は笑わせる話を持っていますよ?」
大真面目に言うとリアムは再び笑みを浮かべると言った。
「クリスは本当に明るいよね。一緒にいると飽きないよ」
「ええ、それが私の長所ですから」
胸を反らせながら言うが、内心私は寂しい気持ちで一杯だった。リアムは私といると楽しいとか、飽きないとは言ってくれるが、許嫁になって8年が経過するのにまだ私は彼から「好き」と言う言葉を貰った事は一度も無かったからだ。
その後も2人で会話を続けていると、不意に背後から声を掛けられた。
「おはようございます。リアム様、エバンズさん」
振り向くとそこに立っていたのは我が学園一のアイドル的存在、小説の世界ではまさにヒロイン的存在のナディア・トーレス。フワフワとした栗毛色の髪にイエローの瞳を持つ、美少女である。
「やあ、おはよう。トーレス」
「おはようございます、トーレスさん」
するとナディアは少しむくれた顔をするとリアムに言った。
「もう、リアム様。あれ程私の事はナディアと呼んで下さいと言っているではありませんか」
そして何故か私とリアムの間に割り込んでくると私の方を向いた。
「エバンズさん、今度の学園際でリアム様と大事なお話があるので席を外して頂けませんか?」
リアムとナディアは学園の演劇部に所属している。2か月後には学園祭が開催され、演劇部は舞台公演があるのだ。恐らく舞台の話があるのだろう。
「あ、すみませんでした。気が付かなくて。それでは私は失礼しますね」
そして頭を下げると、1人駆け足で校舎へと入って行った。
ナディアを見ているとコンプレックスに襲われてしまう。彼女は自他ともに認める美少女だ。この学園の男子生徒達の憧れの的の存在で多くの男子生徒達から告白をされているが、まだ誰一人とも彼女と交際した人はいない。
一方の私は青みがかったストレートの黒髪に茶色の瞳。どこにでもいる平凡な顔立ちをしている。こんな私が学園一人気のあるリアムの許嫁で申し訳ないくらいだ。
元々互いを許嫁としたのは私の父とリアムの父が親友同士だったから、それだけの理由。リアムも私も2人共同じ伯爵家だし家柄の身分としては釣り合っているけれども、顔のギャップだけはどうしようもない。
一部の女生徒達から、『ミスマッチカップル』と囁かれているのも知っている。
「はあ~」
校舎に入り、教室へ向かう中で思わず大きなため息がでてしまう。そこへ同じクラスメイトのキリアンが声を掛けてきた。
「おはよう、クリスティーナ」
「おはよう、キリアン」
私も笑顔で返事をする。
「クリスティーナ、さっきため息をついていたけど、何かあったの?」
「あら、分かっちゃった?実は今朝の朝食が私の苦手なオートミールが出てきたから、食べられなかったのよ。何とか美味しく食べられる方法は無いかなって思ったけど妙案が思いつかなくてため息が出ちゃったの」
咄嗟に私は嘘をついてしまった。私は明るいだけが取り柄だから落ち込んでいる姿を他の誰にも見せる訳にはいかない。
「な~んだ、やっぱりそんな事か。いいよな、クリスティーナは悩みが無さそうで」
キリアンは快活そうに笑いながら言った。
「そう?私だって悩むこと位あるわよ。例えば…例えば…」
駄目だ、悩むことと言ったらリアムと私の関係しか思い浮かばない。するとキリアンは何を勘違いしたのか、私の背中をバンバン叩きながら言った。
「ほら、思い浮かばないんだろう?それってやっぱり悩みが無いって事なんだよ。」
そんな私たちの傍に今度は別の男子生徒、ヒースが声を掛けてきた。
「おはよ!キリアン、クリスティーナ。あのさ、数学の宿題で分からない箇所があったんだ。クリスティーナ、教えてくれないかな?」
「ええ、いいわよ」
私はリアムとは外見が全く釣り合わないので、せめて頭だけでも良くなければと思い、勉強だけは頑張っている。それでもリアムには叶わないが、頭の良いリアムと肩を並べていられるのだけは私の誇りだった。
すると、他にも何人かの男子学生が集まり、気付けば私は5人の男子学生に3人の女生徒達と机を並べて宿題を教えていた。
そんな様子を一部の女子学生たちが冷ややかな目で見ているのも知っている。
彼女たちは私がたいして美人でもないのに、リアムと言う素敵な婚約者がいる事や、男友達が沢山いる事が気に入らないのだ。
だけど彼女たちは大きな勘違いをしている。私に男友達が多いのは誰一人として私の事を異性と意識していないからだという事を。
そして今日も私は一部の女生徒達から批判の目を浴びつつ、友人たちに勉強を教えるのだった―。
昼休み―
私とリアムはクラスが別々だ。けれどお昼だけはいつも2人で食べるようにしていた。そして教室に迎えに行くのはいつも私と決まっていた。
リアムのクラスへ行き、教室を覗いてみると今日はリアムの姿が見当たらなかった。
「あれ…リアム様、いないのかな…?」
するとそこへリアムの友人のヒューゴが3人に友人を伴って私の元へとやって来た。
「やあ、クリスティーナ。リアムならいないよ」
「ええ?そうなんですか?」
「ああ、ナディアに連れられて教室を出て行ったよ。伝言を頼まれたんだ。これから学園祭までは昼休みも舞台の練習があるから一緒にお昼は食べられないって伝えてくれって言われたんだよ」
「え…?リアム様からでは無くトーレス様から…ですか?」
リアムからの伝言ではないと言う言葉に少しばかり私はショックを受けてしまったが、彼らの前で落ち込んだ姿は見せられない。だって私の取り柄は明るい事だけなのだから。
「な~んだ。そうだったんですね。教えて頂いて有難うございます。それでは」
そして立ち去ろうとすると、ヒューゴが声を掛けてきた。
「よし、それなら俺達と一緒に学食に行かないか?」
う~ん…どうしよう。
迷っていると、突然背後から声を掛けられた。
「エバンズさん、リアムさんが中庭で呼んでるわよ」
振り向くと、そこにはリアムと同じ演劇部の女子学生が立っていた。
「え?リアム様が?」
「何だ、良かったじゃないか。リアムに呼ばれて」
ヒューゴが笑顔で言った。
「はい、ありがとうございますっ!」
笑顔で元気よく言うと、私に声を掛けてくれた女子学生にも頭を下げて私は駆け足で中庭へと向かった。
季節は初夏。
学園の中庭は今は美しい色とりどりの薔薇が咲き乱れている。薔薇の庭を通り抜けると、リアムの姿を発見した。
「リア…」
名前を呼び掛け、リアムと対峙するような形でナディアの姿があった。
「え…?トーレスさん…?」
するとリアムの声が聞こえてきた。
「僕には許嫁がいるけど…やっぱり僕の好きな女性は…君だと気づいたよ。どうか僕の恋人になって下さい」
するとナディアが言った。
「本当に…?夢では無いのね…?嬉しい…」
そして2人は近づいて、抱き合った。
「そ、そんな…」
目の前が真っ暗になりかけた処、背後から誰かに肩を叩かれた。
驚いて振り向くとそこには先程私を呼びに来た女子学生の姿があった。
「あ…まさかリアムさんが呼んだのってこれを見せる為だったのかもね…」
ため息をつきながら彼女は言った。
「!」
いたたまれなくなった私はその場を逃げるように走り去った。
そんな…私は…ついにリアムに捨てられるんだ―。
「リアム様ーっ!」
大きな声で呼びかけると、リアムが立ち止まってクルリと振り返って私を見た。
「おはよう、クリス」
「おはようございます、リアム様」
私は彼に駆け寄り、満面の笑みを浮かべた。
「クリスは今日も元気だね」
金の髪に青い瞳で白い学生服が良く似合う、恐ろしい程美形のリアムがニコリとほほ笑む。
「ウッ!」
それを見た私は思わず胸を押さえてしまった。
「ど、どうしたの?クリス」
リアムがオロオロしながら声を掛けて来る。
「い、いえ…リアム様のあまりの眩しい笑顔に胸が射貫かれただけですから。でも大丈夫。心臓は避けてくれたので私は見ての通り無事ですよ」
するとリアムはプッと噴出した。
「本当に…クリスはいつも面白いことを言うよね?」
いつの間にか私たちは並んで歩きながら会話をしていた。
「そうでしょうか?でもきっとそれはリアム様のせいですよ」
「え?僕の?」
リアムは不思議そうな顔をして私を見る。
「ええ、そうです。リアム様の笑顔があまりにも美しくて、大好きだからその笑顔が見たくて、つい笑わせるような事を言ってしまうんです。お望みならあと30個以上は笑わせる話を持っていますよ?」
大真面目に言うとリアムは再び笑みを浮かべると言った。
「クリスは本当に明るいよね。一緒にいると飽きないよ」
「ええ、それが私の長所ですから」
胸を反らせながら言うが、内心私は寂しい気持ちで一杯だった。リアムは私といると楽しいとか、飽きないとは言ってくれるが、許嫁になって8年が経過するのにまだ私は彼から「好き」と言う言葉を貰った事は一度も無かったからだ。
その後も2人で会話を続けていると、不意に背後から声を掛けられた。
「おはようございます。リアム様、エバンズさん」
振り向くとそこに立っていたのは我が学園一のアイドル的存在、小説の世界ではまさにヒロイン的存在のナディア・トーレス。フワフワとした栗毛色の髪にイエローの瞳を持つ、美少女である。
「やあ、おはよう。トーレス」
「おはようございます、トーレスさん」
するとナディアは少しむくれた顔をするとリアムに言った。
「もう、リアム様。あれ程私の事はナディアと呼んで下さいと言っているではありませんか」
そして何故か私とリアムの間に割り込んでくると私の方を向いた。
「エバンズさん、今度の学園際でリアム様と大事なお話があるので席を外して頂けませんか?」
リアムとナディアは学園の演劇部に所属している。2か月後には学園祭が開催され、演劇部は舞台公演があるのだ。恐らく舞台の話があるのだろう。
「あ、すみませんでした。気が付かなくて。それでは私は失礼しますね」
そして頭を下げると、1人駆け足で校舎へと入って行った。
ナディアを見ているとコンプレックスに襲われてしまう。彼女は自他ともに認める美少女だ。この学園の男子生徒達の憧れの的の存在で多くの男子生徒達から告白をされているが、まだ誰一人とも彼女と交際した人はいない。
一方の私は青みがかったストレートの黒髪に茶色の瞳。どこにでもいる平凡な顔立ちをしている。こんな私が学園一人気のあるリアムの許嫁で申し訳ないくらいだ。
元々互いを許嫁としたのは私の父とリアムの父が親友同士だったから、それだけの理由。リアムも私も2人共同じ伯爵家だし家柄の身分としては釣り合っているけれども、顔のギャップだけはどうしようもない。
一部の女生徒達から、『ミスマッチカップル』と囁かれているのも知っている。
「はあ~」
校舎に入り、教室へ向かう中で思わず大きなため息がでてしまう。そこへ同じクラスメイトのキリアンが声を掛けてきた。
「おはよう、クリスティーナ」
「おはよう、キリアン」
私も笑顔で返事をする。
「クリスティーナ、さっきため息をついていたけど、何かあったの?」
「あら、分かっちゃった?実は今朝の朝食が私の苦手なオートミールが出てきたから、食べられなかったのよ。何とか美味しく食べられる方法は無いかなって思ったけど妙案が思いつかなくてため息が出ちゃったの」
咄嗟に私は嘘をついてしまった。私は明るいだけが取り柄だから落ち込んでいる姿を他の誰にも見せる訳にはいかない。
「な~んだ、やっぱりそんな事か。いいよな、クリスティーナは悩みが無さそうで」
キリアンは快活そうに笑いながら言った。
「そう?私だって悩むこと位あるわよ。例えば…例えば…」
駄目だ、悩むことと言ったらリアムと私の関係しか思い浮かばない。するとキリアンは何を勘違いしたのか、私の背中をバンバン叩きながら言った。
「ほら、思い浮かばないんだろう?それってやっぱり悩みが無いって事なんだよ。」
そんな私たちの傍に今度は別の男子生徒、ヒースが声を掛けてきた。
「おはよ!キリアン、クリスティーナ。あのさ、数学の宿題で分からない箇所があったんだ。クリスティーナ、教えてくれないかな?」
「ええ、いいわよ」
私はリアムとは外見が全く釣り合わないので、せめて頭だけでも良くなければと思い、勉強だけは頑張っている。それでもリアムには叶わないが、頭の良いリアムと肩を並べていられるのだけは私の誇りだった。
すると、他にも何人かの男子学生が集まり、気付けば私は5人の男子学生に3人の女生徒達と机を並べて宿題を教えていた。
そんな様子を一部の女子学生たちが冷ややかな目で見ているのも知っている。
彼女たちは私がたいして美人でもないのに、リアムと言う素敵な婚約者がいる事や、男友達が沢山いる事が気に入らないのだ。
だけど彼女たちは大きな勘違いをしている。私に男友達が多いのは誰一人として私の事を異性と意識していないからだという事を。
そして今日も私は一部の女生徒達から批判の目を浴びつつ、友人たちに勉強を教えるのだった―。
昼休み―
私とリアムはクラスが別々だ。けれどお昼だけはいつも2人で食べるようにしていた。そして教室に迎えに行くのはいつも私と決まっていた。
リアムのクラスへ行き、教室を覗いてみると今日はリアムの姿が見当たらなかった。
「あれ…リアム様、いないのかな…?」
するとそこへリアムの友人のヒューゴが3人に友人を伴って私の元へとやって来た。
「やあ、クリスティーナ。リアムならいないよ」
「ええ?そうなんですか?」
「ああ、ナディアに連れられて教室を出て行ったよ。伝言を頼まれたんだ。これから学園祭までは昼休みも舞台の練習があるから一緒にお昼は食べられないって伝えてくれって言われたんだよ」
「え…?リアム様からでは無くトーレス様から…ですか?」
リアムからの伝言ではないと言う言葉に少しばかり私はショックを受けてしまったが、彼らの前で落ち込んだ姿は見せられない。だって私の取り柄は明るい事だけなのだから。
「な~んだ。そうだったんですね。教えて頂いて有難うございます。それでは」
そして立ち去ろうとすると、ヒューゴが声を掛けてきた。
「よし、それなら俺達と一緒に学食に行かないか?」
う~ん…どうしよう。
迷っていると、突然背後から声を掛けられた。
「エバンズさん、リアムさんが中庭で呼んでるわよ」
振り向くと、そこにはリアムと同じ演劇部の女子学生が立っていた。
「え?リアム様が?」
「何だ、良かったじゃないか。リアムに呼ばれて」
ヒューゴが笑顔で言った。
「はい、ありがとうございますっ!」
笑顔で元気よく言うと、私に声を掛けてくれた女子学生にも頭を下げて私は駆け足で中庭へと向かった。
季節は初夏。
学園の中庭は今は美しい色とりどりの薔薇が咲き乱れている。薔薇の庭を通り抜けると、リアムの姿を発見した。
「リア…」
名前を呼び掛け、リアムと対峙するような形でナディアの姿があった。
「え…?トーレスさん…?」
するとリアムの声が聞こえてきた。
「僕には許嫁がいるけど…やっぱり僕の好きな女性は…君だと気づいたよ。どうか僕の恋人になって下さい」
するとナディアが言った。
「本当に…?夢では無いのね…?嬉しい…」
そして2人は近づいて、抱き合った。
「そ、そんな…」
目の前が真っ暗になりかけた処、背後から誰かに肩を叩かれた。
驚いて振り向くとそこには先程私を呼びに来た女子学生の姿があった。
「あ…まさかリアムさんが呼んだのってこれを見せる為だったのかもね…」
ため息をつきながら彼女は言った。
「!」
いたたまれなくなった私はその場を逃げるように走り去った。
そんな…私は…ついにリアムに捨てられるんだ―。