明日には居ない君の物語

「まあ、君らなら理解しているだろうけど、狭心症はかなり危険な病気だ。放っておくと心筋梗塞を起こす可能性もある。それに、一般的には冠動脈1枝の病変の場合、14年後も生存している確率は80%。涼香ちゃんの場合は喘息を待ち合わせているだけでなく、軽症とは言えない。だが、治療が上手くいけばある程度は長く生きれる」

「つーことは、治療が必ずしも上手くいくとは限らねぇってことだろ?」

「あぁ」

「あぁって…。じゃあ涼香はどうなんだよ?治んのか?治るんだよなぁ?」

きっと、治んない…。

私が一番わかってる

誰よりもわかってる

だって、私の、私自身の身体だもん

わかるよ

「治るとは言えない」

ほら

「は?なんでだよ…」

要、もういいんだよ

「要」
「涼香…」

そんなに声震えちゃって、いつもの威勢はどうしたのさ

「要、落ち着いて。もう、いいの。いいんだよ。だって、私身体弱いもん。人間、いつかは死ぬんだし、その時期が少し早くなっただけ」

「涼香ちゃん、君は生きる事を諦めてはいけない。君はまだ若いんだ。病気が完治する事だってある。君にはまだ未知数の未来が待ってる」

ううん

そんなのないよ

「そうだよ、涼香。親父の言う通りだ。もういいなんて言うなよ。諦めんなっ…」

「私、喘息でさ、今まで生きてきて辛かった。みんな楽しそうに体育やってるのに、私はまともに運動したことない。合唱コンクールの練習の時だって、張り切って歌ってたら運動した時並に苦しくなってそのまま学校早退して病院行きだった。けど、それでもみんなと一緒に居たかった。運動出来なくても、周りと同じことが出来なくても、少しでも近い存在で居たかった。だから、今は残された時間を楽しみたいの。このまま、やりたかった事を残したまま死にたくない。せめて、今やりたい事の半分くらいは実行したい」

私は話しながら、頭ではわかっていたはずなのに、やっと感情として感じて涙が止まらなくなっていた。
「涼香が、やりたいこと俺はなんでも付き合う。学校休んででも付き合う。留年しようがなんだろうが関係ねぇ」

「涼香ちゃん…要…」

「もう!要、ダメだよ。もっと自分の事考えてくれなきゃ、安心してわがままも言えない!」

無理してでも明るく振る舞いたい。

また、みんなの笑顔が、私が恋した要の笑顔が見たいからー。

「涼香の命令ならなんでも聞く。けどな、今は俺は自分より涼香を優先する」

知ってるよ。

私が何を言っても、私の事を優先してくれるって知ってる。

何年も幼馴染してるし、ずっと側に居たから。

私が狭心症じゃなくても、喘息じゃなくても、私の事を優先してくれるって知ってる。

だから、心配なんだよ。

私に合わせて生きていたら、要はダメになる。

私が要の中心になってしまえば、要は私以外何も手につかなくなる。

それを知っているから、要の気持ち知ってて知らないふり、気づいてないふりをしてきたのに…。
「やだなぁ。命令なんてしないよ。命令してまで要を縛りたくない」

いつのまにか、要のお父さん_秋来先生は居なくなって居た。

きっと私たちを2人きりにしてくれたんだろう。

「涼香は何がしたい?俺は涼香がしたい事をしたい。もちろん、これで運動したいなんて言い出せば流石に怒るけどな」

「運動、か。してみたい気持ちはあるよ。けどね、私は要と一緒にいられるだけで、要と付き合えただけで、嬉しいの。要の彼女になれて本当に嬉しい。だって要の事、独り占め出来るんだよ?これ以上の幸せってないよ。私は充分幸せ。要には私の事だけ考えて、何も手につかなくなるようなことにはならないでほしいの」

私は要が居てくれるだけでいい。

要が私の全てだから。

どんなに苦しくても要だけはずっと側に居てくれた。

「涼香」
「なに?」

「結婚しよ」

んえっ?

え、なに、今なんて言った…?

けっこん…???

カァァァツとだんだん顔が赤くなっていくのを感じる。

「ちょ、え、待ってよ。結婚?本気で言ってる?私たちまだ高校生だよ?これから受験だって控えてる。それに」

「俺はお前と一緒に居られなくなるのが嫌だ。俺は涼香以外なんてどうでもいい。涼香としか結婚したくない」

いやいやいや!

え、話聞いてた!?!?

もう、手遅れだったってこと…!?

「わ、私がいつまで生きてるかわかんないんだよ?明日死ぬかもしれないんだよ?」

「わかってる。だから、涼香が生きてる今、俺と一緒に居てくれる今しかないじゃん」
あぁ、ダメだこりゃ…

結婚する気まんまんじゃん

「てことで、俺役所行ってくるわ」

「えっ、いや!ちょ!!待ってよ!!!」

私の話を聞かず、スタスタと歩いて行く要…

保健室の外に居たのか、要が出て行くのと入れ替わりで秋来先生が入ってくる。

「涼香ちゃん、あいついきなり出て来たと思えばどっか行ったんだけど、知らない?」

あー

あはは…

どうしよう…なんて説明したらいいの!?
「え、え〜と、かくかくしかじかありまして…」

私は、秋来先生に今までの事を話した。

「え…?」

もはや、面白いくらいに秋来先生の顔はポカンとしていた。

自分の息子の行動が理解できなかったのだろう。

自分の一人息子が不良になっただけでも驚いただろうに、不憫………。

「それで、今って授業中だよね…?あの馬鹿は授業中に“役所行ってくるわ”なんて言って、ジャージのまま出て行ったと…」

「はい」

はぁぁぁ、と大きなため息を吐く先生…。

「とりあえず、今日は早退してうちの病院に泊まりなさい。バかなめの説教はそれからだ」

「に、入院ですか…」

正直、したくない。

けど、もっと精密な検査をして、様子見という面でも必要なのだろう。
「うん、じゃあ俺は担任の先生のところに早退することを伝えて来るから、涼香ちゃんは帰る支度をしたら教室で待っていてくれるかい?」

「わかりました」

パタン______

と、扉を閉めると保健室の外には冬菜が居た。

「りょ〜ちゃん、大丈夫?早退する?」

「うん、早退してこれから入院するから、少なくとも3日は学校来れないかなぁ」

「そっかぁ…帰る準備手伝うよ。だから、りょ〜ちゃんは座ってな」

冬菜は教室に着いてから、私の準備をしながらも私の体調を気遣ってくれている。

「冬菜、ありがとうね」

「ん〜ん?いいんだよ?ふゆがやりたくてやってるんだもん。りょ〜ちゃんの旦那になんて負けてらんないもん!」

だ、旦那って…

旦那じゃないし……
「それと〜」

ん?

「りょ〜ちゃん、ふゆになんか隠してるでしょ」

なんで、みんなこんなに鋭いのかなぁ!

私がわかりやすいだけじゃないとおもうんだよね!?

特に冬菜は私の事だけ異常に鋭いけどっ!!

「いや〜、ちょっと、ね?」

「りょ〜ちゃ〜ん?ふゆには嘘なんて通用しないよ?」

「言わなきゃダメ…?」

「だーめ!そんな可愛い顔して可愛く言ったってダメなんだから!」

“ふゆはりょ〜ちゃんが困ってるなら助けたいの!”とぷんすこ怒っている。

まぁ、美人なだけに頬を膨らませてどれだけ怒っても可愛いだけなんだけどね…?

「えっと、すごく簡潔にまとめて言うと、要にプロポーズされて、授業中なのに要が学校指定ジャージ着て“役所行ってくるわ”って学校出て行った…。プラス、私の入院………」

「はぁ?」

そうなるよなぁ…あはは………。