明日には居ない君の物語

「無理すんな」

「うん…」

私は要に所謂お姫様抱っこをされ、保健室まで運び込まれた。

生憎、保健室の先生は居ないようで、要はまず最初に私をベッドに寝かせてくれる。

それから、私の付き添いで何度もここに来ている要は慣れた手つきで火照った私の体を冷やすために水枕を用意してくれる。

「要」

「ん?」

「ごめんね…いつもいつも…」

要に気付かれないように静かに涙を流しながら私は言う。

「何言ってんだよ。さっきから言ってんだろ、謝んなって。俺は迷惑だと思ってねぇし、面倒だと思ったら俺はしない。涼香が好きだからやってんだよ。だから気にすんな」

うぅ…私の幼馴染はいや、私の彼氏はなんていい奴なんだ…!(元ヤンとは思えない)

あ、やばい…もう涙止まんない…

「ったく、なんで泣いてんだよ」

「だ、だって要が優しすぎるからぁ…うぅ…」

そう言うと私は要に抱きつく。

「ばぁか。俺は涼香にしか優しくしねぇよ」

私の涙を拭いながら、私を優しく包み込んでくれる要…。
「ふふ…要」

「んー?」

「大好き」

「知ってる。…愛してる」

顔が赤くなっていくのがわかる。

忘れてたけど要ってすごいイケメンで顔面国宝級なんだよ!?

ドキドキしないはずがない!! 

「まーた赤くなってる。かーわい」

「も〜!すーぐそう言うこと言う!!」

ズキッ

「ッ…」

「涼香?」
何これ…なんでこんな痛いの?

待って怖いよ…

「か、なめっ…!」

「涼香、深呼吸出来るか?」

深呼吸なんて痛すぎて無理!

ふるふると首を横に振る。

「どこが辛い?」

「し、ん、ぞう…の、あたり…」

「わかった。今親父呼ぶからな」

いつもなら絶対に拒否をするけど、今は拒否なんてしていられない。

…それくらい辛い。
「か、なめ…こわ、い、よ…たすけ、て…?」

「大丈夫、俺がついてるから」

そう言いながら、私を優しく抱きしめて撫でてくれる。

「あー、泣くな泣くな。喘息の発作出たらどうすんだ〜?」

「…グスッ…ケホッケホッ…」

「吸入は…あるわけないか。ほら、深呼吸」

いつもと同じように、私のペースに合わせて深呼吸をしてくれる。

「ありがと…かなめ」

「ん、苦しかっただろ」

「うん…」

バンッ

「涼香ちゃん!!要!!」

「父さん、涼香の発作が…いつもと何か違う」
あぁ

やっぱりそうなんだ…

なんかいつもより苦しいって思ってたんだよね…

「昨日、合併症を引き起こしていると言ったね?それでわかったことを簡単に話すと、涼香ちゃんは狭心症と喘息が合わさってしまっている状態だ」

『狭心症…』

こんな時までハモるなんてやっぱり仲良しだなぁ、私たち。

「おい涼香、今仲良しとか思ってる場合じゃねぇから」

「なんでわかるの!?」

「顔に書いてる」

はぁぁぁぁ?

なんでこんなにわかりやすいんだろ、私…

「ほらほら、今は要が落ち着かせてくれたから涼香ちゃんの発作も落ちいてるけど、次いつ発作が出るかわからないんだから、痴話喧嘩はまた後でにしてくれよ?」

『はーい』
「まあ、君らなら理解しているだろうけど、狭心症はかなり危険な病気だ。放っておくと心筋梗塞を起こす可能性もある。それに、一般的には冠動脈1枝の病変の場合、14年後も生存している確率は80%。涼香ちゃんの場合は喘息を待ち合わせているだけでなく、軽症とは言えない。だが、治療が上手くいけばある程度は長く生きれる」

「つーことは、治療が必ずしも上手くいくとは限らねぇってことだろ?」

「あぁ」

「あぁって…。じゃあ涼香はどうなんだよ?治んのか?治るんだよなぁ?」

きっと、治んない…。

私が一番わかってる

誰よりもわかってる

だって、私の、私自身の身体だもん

わかるよ

「治るとは言えない」

ほら

「は?なんでだよ…」

要、もういいんだよ

「要」
「涼香…」

そんなに声震えちゃって、いつもの威勢はどうしたのさ

「要、落ち着いて。もう、いいの。いいんだよ。だって、私身体弱いもん。人間、いつかは死ぬんだし、その時期が少し早くなっただけ」

「涼香ちゃん、君は生きる事を諦めてはいけない。君はまだ若いんだ。病気が完治する事だってある。君にはまだ未知数の未来が待ってる」

ううん

そんなのないよ

「そうだよ、涼香。親父の言う通りだ。もういいなんて言うなよ。諦めんなっ…」

「私、喘息でさ、今まで生きてきて辛かった。みんな楽しそうに体育やってるのに、私はまともに運動したことない。合唱コンクールの練習の時だって、張り切って歌ってたら運動した時並に苦しくなってそのまま学校早退して病院行きだった。けど、それでもみんなと一緒に居たかった。運動出来なくても、周りと同じことが出来なくても、少しでも近い存在で居たかった。だから、今は残された時間を楽しみたいの。このまま、やりたかった事を残したまま死にたくない。せめて、今やりたい事の半分くらいは実行したい」

私は話しながら、頭ではわかっていたはずなのに、やっと感情として感じて涙が止まらなくなっていた。
「涼香が、やりたいこと俺はなんでも付き合う。学校休んででも付き合う。留年しようがなんだろうが関係ねぇ」

「涼香ちゃん…要…」

「もう!要、ダメだよ。もっと自分の事考えてくれなきゃ、安心してわがままも言えない!」

無理してでも明るく振る舞いたい。

また、みんなの笑顔が、私が恋した要の笑顔が見たいからー。

「涼香の命令ならなんでも聞く。けどな、今は俺は自分より涼香を優先する」

知ってるよ。

私が何を言っても、私の事を優先してくれるって知ってる。

何年も幼馴染してるし、ずっと側に居たから。

私が狭心症じゃなくても、喘息じゃなくても、私の事を優先してくれるって知ってる。

だから、心配なんだよ。

私に合わせて生きていたら、要はダメになる。

私が要の中心になってしまえば、要は私以外何も手につかなくなる。

それを知っているから、要の気持ち知ってて知らないふり、気づいてないふりをしてきたのに…。
「やだなぁ。命令なんてしないよ。命令してまで要を縛りたくない」

いつのまにか、要のお父さん_秋来先生は居なくなって居た。

きっと私たちを2人きりにしてくれたんだろう。

「涼香は何がしたい?俺は涼香がしたい事をしたい。もちろん、これで運動したいなんて言い出せば流石に怒るけどな」

「運動、か。してみたい気持ちはあるよ。けどね、私は要と一緒にいられるだけで、要と付き合えただけで、嬉しいの。要の彼女になれて本当に嬉しい。だって要の事、独り占め出来るんだよ?これ以上の幸せってないよ。私は充分幸せ。要には私の事だけ考えて、何も手につかなくなるようなことにはならないでほしいの」

私は要が居てくれるだけでいい。

要が私の全てだから。

どんなに苦しくても要だけはずっと側に居てくれた。

「涼香」