あれは今から四年程前。まだ彼女がキリヤにやって来る前のことだ。
その日は夜勤明けで、俺は帰宅する為に駅のホームで電車を待っていた。その時、視界の端に、少しふらついた様子の人影を捕らえた。俺が並んでいたホームの数メートル先、具合でも悪いのか、その人は必死で倒れないように堪えている様子だった。周りには他に何人かいたものの、誰も気にかけている様子はなく、どちらかというと皆、気付いているのに気付いていないふりをしているようだった。
電車の到着を知らせる声がホームに響いた次の瞬間、その人がふわりと前のめりに倒れていくのが見えた。ほとんど同時に、俺はその人の元へ駆け寄っていた。頭より先に体が動くとは、正にあの時のことだ。我に返ると、俺の腕の中には真っ青な顔をした若い女性が一人、気を失ったまましっかりと収まっていた。
それが、三橋桃花との(一方的な)出会いだった。
すぐに駅員が気付き、意識の無かった彼女はそのまま救急車で病院へと運ばれることになり、連れだと勘違いされた俺も救急車に同乗した。後に、命に別状は無いと聞かされ、安堵した。病院関係者に状況を説明した後、自分の名前や連絡先を教えるのを断って俺はそそくさと帰宅した。
別に大したことをしたつもりはない。たまたま倒れそうな人がいたから、受け止めた。それだけだ。
その日以降、駅で彼女を見かけることはなかった。どこの誰かもわからないが、どうか元気になっていてほしい。そう思っていた。
それなのに、どういう訳か俺は、いつまでたっても彼女を忘れることができなかった。
あの日、抱きとめた時の花のような香り。細い腰。白い腕。小さな顔。この腕の中にすっぽりと収まってしまう、華奢な身体。忘れるどころか、彼女の感触が頭から離れなかった。彼女は、どんな顔で笑うのだろう? どんな声で話すのだろう? 名前すら知らないというのに。もう会うことも無いのに。何故、こんなにも考えてしまうのだろう?
それは、三十歳を前に初めて経験する、「一目惚れ」というやつだったのかもしれない。
その日は夜勤明けで、俺は帰宅する為に駅のホームで電車を待っていた。その時、視界の端に、少しふらついた様子の人影を捕らえた。俺が並んでいたホームの数メートル先、具合でも悪いのか、その人は必死で倒れないように堪えている様子だった。周りには他に何人かいたものの、誰も気にかけている様子はなく、どちらかというと皆、気付いているのに気付いていないふりをしているようだった。
電車の到着を知らせる声がホームに響いた次の瞬間、その人がふわりと前のめりに倒れていくのが見えた。ほとんど同時に、俺はその人の元へ駆け寄っていた。頭より先に体が動くとは、正にあの時のことだ。我に返ると、俺の腕の中には真っ青な顔をした若い女性が一人、気を失ったまましっかりと収まっていた。
それが、三橋桃花との(一方的な)出会いだった。
すぐに駅員が気付き、意識の無かった彼女はそのまま救急車で病院へと運ばれることになり、連れだと勘違いされた俺も救急車に同乗した。後に、命に別状は無いと聞かされ、安堵した。病院関係者に状況を説明した後、自分の名前や連絡先を教えるのを断って俺はそそくさと帰宅した。
別に大したことをしたつもりはない。たまたま倒れそうな人がいたから、受け止めた。それだけだ。
その日以降、駅で彼女を見かけることはなかった。どこの誰かもわからないが、どうか元気になっていてほしい。そう思っていた。
それなのに、どういう訳か俺は、いつまでたっても彼女を忘れることができなかった。
あの日、抱きとめた時の花のような香り。細い腰。白い腕。小さな顔。この腕の中にすっぽりと収まってしまう、華奢な身体。忘れるどころか、彼女の感触が頭から離れなかった。彼女は、どんな顔で笑うのだろう? どんな声で話すのだろう? 名前すら知らないというのに。もう会うことも無いのに。何故、こんなにも考えてしまうのだろう?
それは、三十歳を前に初めて経験する、「一目惚れ」というやつだったのかもしれない。