母が亡くなってからというもの、シャルロットはあの離宮の周辺以外、出歩いたことがない。
あの周囲数百メートルがシャルロットの人生の殆どだった。だから、こうしてハールから話を聞いてはまだ母が健在だった頃に訪れた城下の賑やかさを思い出し、自分が訪れたかのような夢想をする。
そのとき、背後でカタンと音がした。
『誰かいるのか?』
低く落ち着いた、心地よい声だ。シャルロットはハッとして背後を振り返る。
(来賓の方かしら?)
そこには、凜々しい雰囲気の男性がいた。
がっしりとした長身の体躯をしており、飾緒や肩章があしらわれた豪奢な衣装から判断するに、どこかの国からの来賓だろう。
とても整った見目をしており、少し吊った二重の目元ときりっと上がった眉が意志の強さを感じさせる。