毒味とは、食物の中に毒物が仕込まれていないか、食べてみて確かめることです。

つまり私は、この碧衣さんお手製のハンバーグを食べて。

中に毒が入っていないか、確かめるのが役目なのです。

もぐもぐ。

「毒を食べたことがないので、何とも言えません」

と、私は答えました。

少なくとも、危険物らしき味は感じませんね。

「そういえば私は、ハンバーグも食べたことがないので、これに毒や薬が仕込まれているのか、判別しかねます」

と、私は言いました。

そういう意味で私は、毒味役には全く向いていませんね。

碧衣さんの力になれず、非常に申し訳ないです。

「美味しいです?」

「味ですか?悪くないと思いますよ」

と、私は答えました。

それにしても、焼きそばパンと言い、ハンバーグと言い。

やはり人間は、茶色い食べ物が好きなようですね。

もぐもぐ。

「これって、何か薬や毒が入ってるんですか?」

と、私は尋ねました。

毒味してくれと言うからには、何かしら薬物を混入しているのではないか、と思ったのです。

毒で死ぬ『新世界アンドロイド』ではありませんので、気にせず食べ続けます。

もぐもぐ。

「はい。自前で作った惚れ薬を入れてみました」

と、碧衣さんは答えました。

惚れ薬、ですか。

「どうやって作ったんですか?」

「色々試したんですよ。あ、レシピはこれです」

と、碧衣さんは言いました。

そして、一冊の本を見せてくれました。

『猿でも分かる!怪しい薬の作り方』。

そんなタイトルの本もあったんですね。興味深いです。

「しかし、どうして惚れ薬なんですか?」

と、私は聞きました。

「ほら、僕最近、紺奈局長と遠距離恋愛中じゃないですか」

と、碧衣さんは肘をついて言いました。

非常に憂いを帯びた表情です。

…遠距離恋愛?

「僕の思いは未だに、熱湯のごとく紺奈局長に熱々ですけど」

「火傷したら大変ですね」

「でしょう?でも、紺奈局長はシャイですから。もしかしたら僕と離れ離れになっている間に、ついつい魔が差してしまうかもしれないじゃないですか」

と、碧衣さんは言いました。

そうなんですか。

もぐもぐ。

「ならそうなる前に、惚れ薬入りの食べ物を食べさせて、僕への愛を維持してもらおうと思いまして」

と、碧衣さんは言いました。

成程。そういうことでしたか。

それは由々しき問題ですね。

「どうですか?惚れ薬っぽい味、します?」

「いえ、特には感じませんね」

と、私は答えました。

もぐもぐ。

「それにしても、碧衣さん。その惚れ薬って」

「はい?」

「アンドロイドにも効くんでしょうか?」

と、私は尋ねました。

このハンバーグに、碧衣さんお手製の惚れ薬が入っているなら。

私は、碧衣さんの惚れ薬を摂取したことになります。

そうなると私は、碧衣さんに惚れてしまうことになるのでは?
 
「さぁ。レシピには書いてなかったので、よく分かりません。どうですか?僕に惚れました?」

と、碧衣さんは答えました。

成程。

「今のところは、何も感じませんね」

と、私は答えました。

碧衣さんに惚れ…ている様子はありませんね。

私は通常モードのままですし、特に脳波の揺れもありません。

アンドロイドには効かないのでしょうか。この惚れ薬は。