素朴な感想ですが。

碧衣さんって、こんなところに住んでるんですね。

私の住んでいる、愉快なアパートとは大違いです。

非常に防音性も高そうです。

「碧衣さんは、この家にずっと住んでいるんですか?」

と、私は尋ねました。

「え?はい。それがどうかしました?」

「いえ、これほど防音性が高かったら、近所に住んでいる住民の生活音も、聞こえないんじゃないでしょうか」

「生活音?確かに…。そんなに聞こえませんね。たまに足音とかは聞こえますけど」

と、碧衣さんは言いました。

成程。やはりそうなんですね。

それは残念です。碧衣さんも私の住んでいるアパートに来れば、もっと効率的に『人間交流プログラム』を遂行出来たでしょうに。

しかしこればかりは、住んでみなければ分からないことなので、どうしようもありませんね。

「それで、私は何をすれば良いんですか?」

と、私は聞きました。

今日は、碧衣さんが私を呼んだのです。

脳内から直接通信を入れて、「今日時間があるようなら、この住所に来てください。僕の部屋です」と、メッセージが入ったもので。

すると。

「あ、はい。ちょっと毒味をお願いしたくて」

と、碧衣さんは言いました。

成程、毒味ですか。

未経験なんですが、私でも出来ることなんでしょうか。

「何の毒味ですか?」

「まずこれです」

と、碧衣さんは言いました。

そして、ほかほかと湯気を立てるお皿を、私の前に出しました。

これは何でしょう。

「何ですか?」

と、私は聞きました。

「ハンバーグですよ。食べたことありません?」

と、碧衣さんは言いました。

ハンバーグですか。聞いたことはあります。

確か、家畜の肉をすり潰して、挽き肉状にしたものに、

調味料や卵を入れてこね回し、焼いた食べ物です。

人間の食卓に上がる定番メニューだと、以前読んだ本に書いてありました。

それは分かりますが。

「食べたことはありませんね」

と、私は言いました。

『新世界アンドロイド』は、人間と違って、食事を必要としません。

よって、このような食べ物を摂取したこともありません。

チョコレートを始めとする甘味なら、局長に勧められて、何度も食べたことがあるのですが。

焼いた挽き肉を食べたことはありませんね。どんな味なんでしょう。

そもそも、気になる点があります。

「碧衣さんは、これを何処から調達したんですか?」

「え?自分で作ったんですよ」

と、碧衣さんは答えました。

なんと。そういうことだったんですね。

「まずは牛と豚を育てるところから始めようと思ったんですが、家畜を飼うスペースの確保がなかなか出来なくて…。仕方ないので、肉はスーパーで買ってきたものなんですが」

「そうなんですね」

「あとは、レシピを見ながら作りました。あ、参考にしたレシピはこれです」

と、碧衣さんは言いました。

同時に、サッと彼が見せてくれたのは、一冊の本です。

『猿でも分かる!初めての料理』。

成程。あのシリーズは、やはり万能ですね。

私もよく読みます。

「さぁ、どうぞ。ちょっと食べてみてください」

「分かりました。ではいただきます」

と、私は言いました。

そしてナイフとフォークを持ち、碧衣さんの作ったハンバーグという食べ物を、人生…ならぬ、

アンドロイド生で、初めて口にしました。

もぐもぐ。

成程、こんな味なんですね、ハンバーグって。

「どうですか?」

と、碧衣さんは尋ねました。

「どう、とは?」

「薬の味、します?」

と、碧衣さんは尋ねました。

…そういえば。

毒味をしてくれと、先程仰っていましたね。