何となく、事情を察しました。

電話の相手は、奏さんの叔母。

奏さん曰く、奏さんの叔母は、ろくでなし揃いの奏さんの親類の中で、唯一まともで、しかも優しい方なのでしたね。

奏さんが両親を亡くしたときも、唯一、財産目当てではなく、奏さんの為に、奏さんを引き取りたいと申し出てくれた方だとか。

しかし奏さんの叔母は、夫婦で海外勤務が決まっていました。

そのせいで、奏さんを引き取ることが出来ず、そのまま子供を連れて、ご主人と一緒に海外に行って。

何年もそこで暮らし、最近になって任期を早めに終えて、帰国されたと。

そう聞いています。

そして、その叔母が…。

『何年も一人ぼっちにしてしまった、その償いをさせて頂戴。今度こそ、あなたと一緒に暮らしたいのよ』

「…」

『すぐにでも施設から出て、うちに来て。こっちの学校に転入して、私達と一緒に暮らしましょう』

と、奏さんの叔母は言いました。

…そういうことだったのですね。

このせいだったのですね。

奏さんが、ずっと上の空だったのも。目の下に隈があったのも、泣いたような痕が残っていたのも。

全部、このせい。

奏さんは、今。

これまでの生活を捨てて、叔母の家族と一緒に暮らすという、大きな岐路に立たされているのです。

「…うん。そう言ってくれるのは嬉しい」

と、奏さんは言いました。

奏さんは、どうにも浮かない様子でした。

「だけど…でも俺は…」

『…まだ迷ってるの?』

「…それは…」

『…仕方ないわよね。今までずっと放ったらかしだったのに、いきなり帰ってきて、一緒に暮らそうなんて…虫が良いわよね…』

と、奏さんの叔母は、沈鬱な声音で言いました。

「そ、そういう訳じゃ」

『でも…だからこそ、今度こそ一緒に暮らしたいの。あなたをこれ以上放っておいたら、私は姉さんに…死んだあなたのお母さんに、申し訳が立たない』

「…」

『生活環境が変わるのは大変だと思うけど、でも、出来るだけ早く慣れるよう、皆で協力するわ。家族皆、あなたが来るのを待ってるのよ』

と、奏さんの叔母は言いました。

『もう寂しい思いや辛い思いはさせない。肩身の狭い思いなんて、絶対にさせない。だからこっちに来て、一緒に暮らしましょう?』

と、いう奏さんの叔母の問いかけに。

「…」

と、奏さんは無言でした。

何故、何も答えないのでしょう。

こんなにも…望んでやまない誘いを受けているのに。

何でしょう。

何なのでしょう。

私の中にある、この不思議な感情は。

この感情は何ですか。

「…うん、ありがとう…。考えておくよ」

と、奏さんは言いました。

何故考える必要があるのですか。すぐその場で、即答すれば良いものを。

何が奏さんを引き留めているのですか。

私には分かりません。

奏さんの気持ちも…私自身の気持ちも。