しかし。

奏さんの身に何かが起きたのは、明らかでした。

授業中、私はずっと、授業を聞いている振りをして。

奏さんの様子、その一挙一動を、つぶさに観察していました。

出来れば、奏さんご本人の口から、何があったのか聞きたかったですが。

奏さんは、私に話をするつもりはない、とのことでしたので。

観察することで、何が起きたのか推測するしかありません。

やはり、様子がおかしいですね。

見ていたら分かります。

奏さんは授業中、ずっと上の空でした。

教師の話も、ちっとも聞いている様子はありません。

それどころか、ノートを取ることもしていません。

シャープペンシルを、握ってはいるものの…それを動かすことはしていません。

持て余しているだけです。

ひたすらぼんやりとして、時折虚空を見つめ、浮かない顔をしていました。

これはやはり、確実に何かありましたね。

最早、疑いようがありません。

奏さんが大変です。

奏さんが大変だということは、私も大変です。

「じゃあ、次の問題を…久露花さん、解いてもらえる?」

と、教師は私の名を呼びましたが。

私は、奏さんを救わなくては、という使命感でいっぱいになっていたので。

全く気づきませんでした。

私は奏さんの親友ですから。

親友の身に危機があれば、共に乗り越えるのが親友の役目です。

と、以前読んだ『猿でも分かる!親友の作り方』に書いてありました。

つまり、そういうことです。

まずは、何があったのかを把握する必要がありますね。

「久露花さん?ちょっと、久露花さん聞いてる?」

と、教師は再度私を呼びましたが。

残念ながら、私は今、それどころではありません。

世界を救うより大事な、親友を救うという役目を背負っていますから。

今現在、奏さんを救うこと以上に、大切なことはありません。

が。

「久露花さん!何をぼんやりしてるの?」

と、教師は語気を強めて、私を呼びました。

そのときようやく、私は自分が呼ばれていることに気づきました。

…はい?

「…何か御用ですか?」

「御用じゃないわよ。授業中にぼんやりして。問題を解いて。150ページの問4…」

「お断りします」

と、私は言いました。

教師も、クラスメイトの皆さんも、奏さんも。

ポカンとして、私を見ていました。

注目を集めたところ、申し訳ありませんが。

私は今、それどころではありません。

「私は現在、最優先重要事項をクリアする為に、脳内の全リソースを使っています。問題を解くなどという、優先度の低い事案の為に、例え僅かでもリソースを割きたくはありません」

と、私は説明しました。

それを聞いた教師は、しばしポカンとして。

そして。

「…分からないの?なら、素直にそう言いなさい」

と、教師は言いました。

どうやら、私が問題を分からないから、言い訳をしているように聞こえたようです。

しかし、それは誤解です。

私は、問題が分からないのではありません。

それ以上に、優先すべきことがあるだけです。