それどころか、私は呑気でした。

そして私以上に、久露花局長が呑気でした。

というのも。

『バレンタイン!バレンタインだよ瑠璃華ちゃん!』

と、久露花局長は、画面の向こうで大騒ぎでした。

10分前に、通信が始まって。

久露花局長が発した言葉は、これだけです。

ただひたすら、「バレンタイン」を連呼しているだけです。

別に驚いてはいません。

この時期になると、久露花局長は毎年こうなるからです。

一種のはしかのようなものです。

2月14日を過ぎれば、もとに戻ります。

逆に言うと、年が明けてから、2月14日が過ぎるまでは、久露花局長はずっとこの調子です。

治そうと思っても治りません。

ですから私は、毎年、温かい目で見守ることにしています。

かろうじて。

『久露花局長…。バレンタインは来月です。気が早いです…』

と、朝比奈副局長が、局長の正気を取り戻そうとして、そう言いましたが。

『バレンタイン!バレンタイン楽しみだねバレンタイン!』

と、局長はオウムのように繰り返すだけです。

駄目ですね。今年も。

久露花局長は年が明けたら、バレンタインのことしか頭になくなるようです。

『Neo Sanctus Floralia』第4局では、毎年バレンタインは、正月やクリスマスなんて目じゃないほどに、盛大に祝われます。

勿論、久露花局長の方針です。

常軌を逸するチョコレート好きの久露花局長にとって。

合法的にチョコレートを渡したりもらったり出来る、バレンタインという日は、夢のような一日に映るのでしょう。

バレンタインでなくても、局長はチョコレート漬けの毎日を送っていますけどね。

従って私も、クリスマスは知らなくとも、バレンタインはよく知っています。

何なら、久露花局長が造る第4局のアンドロイドは、CクラスからSクラスまで、誰でも皆知っています。

初期プロットの中に、組み込まれていますから。

稼働したときから、あらかじめバレンタインに関する情報が、頭の中に入っています。

誰もが、最高に無駄な知識だと思っていますが。

久露花局長だけは、そうは思っていないようです。

実におめでたいですね。

『バレンタイン!バレンタインは良いよ〜瑠璃華ちゃん!』

「はい、そうですね」

と、私は答えました。

それ以外の返事をしても、久露花局長には通じませんから。

私はさながら、認知症を患った患者に接するように。

ただただ、うんうんと笑顔で頷くだけです。

『バレンタインは良いよ〜。幸せだよ!皆ハッピー!世界平和!』

「はい、そうですね」

『バレンタインで、世界を救おう!』

「はい、そうですね」

と、私は延々と繰り返しました。

バレンタインで救える世界ですか。

随分と狭そうな世界ですね。