椋毘登(くらひと)、やはりお前は手加減していたな!!」

「あぁ、まずは稚沙(ちさ)を助けるのが優先だったんでね」

だが今はその問題もなくなった。それなら一気に蹴りをつけられるだろう。
そして椋毘登はいよいよ覚悟を決めた。

(躬市日(みしび)、例えお前が相手でも俺はやるしかないんだ……)

それから彼は素早く刀を動かし、一気に彼の腹に刀を刺した。

「ぐふぅ!」

躬市日はその衝撃で、思わず刀を自身の手から離してしまう。

そして椋毘登は一旦刀を抜くと、震えそうな手を必死で堪え、もう一発彼に切り付けた。

すると躬市日は「く、椋毘登、きさま……」といって、その場にバタッと倒れていった。

椋毘登は彼が倒れたの見てから、そのままゆっくりと刀をしまう。

(俺が、躬市日をこの手で……)

それから椋毘登は、ただただ呆然として、躬市日の姿を眺めていた。


彼がそしていると、沢山の人の足音が聞こえてきた。どうやら他の人達もこの部屋にやってきたようだ。
その中には蘇我馬子(そがのうまこ)蝦夷(えみし)の親子、糠手姫皇女《ぬかでひめのひめみこ》等もいる。

そして皆が、部屋の中の光景を目の当たりにして、思わずぞっとした。

だが椋毘登はそんな人達を気にすることなく、躬市日の元にやってくる。

幸い躬市日はまだ息を完全にひきとってはいなかったようだ。というよりも、椋毘登が最後に彼と話をしたくて、そうしたのだろう。

「お前は数年前の叔父上の謀反で、死んでいたと思っていたが、そうじゃなかったんだな」

それを聞いた躬市日は、痛みをこらえなから椋毘登に話す。

「ああ、蘇我馬子の謀反に駆り出されて失敗に終わり、それからは裏で生きていくしかなかったんだ」

「躬市日、お前は俺にとって大事な友達だった……」

椋毘登はそういって、思わず躬市日の手に触れた。

躬市日もそんな彼をまっすぐ見つめた。そして彼も久々に人の温もりを感じることができた。

そして躬市日は何故だか、ふと自身の父親である物部守屋の事を思い返した。

(折角、父親である物部守屋(もののべのもりや)が、自身が亡くなる前に俺を逃がしてくれたのに……あれが最初で最後の父親としての愛情だったんだろうな)

最後に浮かぶのが父親とは、何とも皮肉だなと彼は思った。


「躬市日、他の方法は無かったのか?お前が生きていると知っていれば、俺だって何か出来たかもしれないだろう?」

椋毘登はそういった瞬間に、耐えられず、思わず目から涙が溢れてきた。

「俺はどんな形であれ、お前に会いたかったんだ!」

彼は溢れてくる涙を止められず、ただただ流しっぱなしでいた。

「そうだな。それは俺も同じさ……」

だが躬市日も自身の限界に来ていた。その為彼の意識がぼやけてくる。
だがそれでも彼は、必死で最後の言葉を発した。

「椋毘登、有り難うな。お前は俺にとっても大事な友人だよ。じゃあ、お前は幸せになれ……」

躬市日はそういって、そのままゆっくりと目を閉じた。

そしてその瞬間に、彼は死んでしまう。

「躬市日……本当馬鹿だよ。お前は!!」

そうして椋毘登は、息を引き取った躬市日にしがみついて声を上げて泣き続けた。


稚沙はそんな椋毘登に思わず歩みよろうとしたが、厩戸皇子にとめられてしまう。

ここは1人にさせておいた方が良いのだろう。