こうして、稚沙(ちさ)厩戸皇子(うまやどのみこ)の約束から1週間が経過していた。

そして今日は彼と約束した当日である。そのため彼女は、朝から少し気持ちが落ち着かないでいた。

(厩戸皇子は夕方頃に小墾田宮(おはりだのみや)に来ると聞いているから、まだ宮には到着してない。でも朝から何故か緊張してくる……)

皇子曰く、今日は夕方頃に小墾田宮に行くので、稚沙は小墾田宮の門を出た所で待っていて欲しいと聞いている。

そこから少し歩いて行ったところに、木立(こだち)があるので、そこで一緒に見ようといわれていた。

そして彼女は、今日一大決心をしていた。

例え報われない想いと分かっていても、それでも厩戸皇子に自分の気持ちを伝えよう。彼女はそう考えたのだ。

厩戸皇子には数人の妃がいて、その妃達をとても大切にしている。そんな中に自分が入れるとは到底思えない。

(でも自分の想いを伝えることが出来たら、きっと何かが変わる。そんな気がする)

そしてそういう事情があったので、今日は早めに仕事を終わらせてもらえるよう、宮にも話してあった。

そんな彼女の元に同じ女官の古麻(こま)がやってきた。

彼女は文字は余り得意でないが、何分手先が器用なので、主に衣服の仕立てや、組紐を編んだりするのが、主な仕事であった。

ちなみに稚沙も、始めは興味本位でやろうとしたが、何分彼女は不器用だったため、余りうまくいかなかった。

「稚沙、さっき宮に来た人が、この荷物を渡して欲しいって頼まれて……」

そういう古麻の手には、複数の書物が置かれてあった。恐らく小墾田宮に慣れてない遠方からきた者、直接彼女に渡してきたのだろう。

「あ、古麻、ありがとう。じゃあ中身を確認しておくね」

稚沙はそういって、彼女からその書物を受け取る。

「でも稚沙、今日は何かいつもと雰囲気が違う気がするけど、何かあったの?」

「え、それはどういう意味?」

稚沙は思わず、横に首を傾げる。

「だってあなた、朝から妙に嬉しそうにしていると思ってたら、その後しばらくして急にソワソワし出すし……」

恐らくそれは彼女が厩戸皇子の事をひたすら考えていたので、それがそのまま表情や行動に現れていたのだろう。

(先日の椋毘登(くらひと)がいっていたことは本当だったんだ。私ってそんなに表に現れやすいの?)

そういう意味でいえば、先日の椋毘登の忠告は確かだったようである。
やはり彼はちゃんと彼女を見抜いていたのだ。

「あ、ちょっと考えごとをしていただけよ。何か悩んでいる訳でもないから、余り気にしないで」

稚沙は思った。とりあえずここは椋毘登を見習って、平常心でいようと。

「ふーん、まぁ確かに何か悩んでいる感じには見えない。なら大丈夫なのかしら?」

古麻は若干まだ気にはなっているようだが、元々余り他人に詮索をかけない性格のようで、これ以上聞くのは彼女も控えることにしたみたいだ。