「あ、そうなの、ごめんなさい。ちょっときつめな言い方をしてしまって……」

稚沙(ちさ)はどうすれば良いか分からず、シュンとして、思わず下を向いてしまった。

「まぁ、別にかまわないが」

彼もこれ以上は特に話すこともないらしく、そうそうに話を切り上げようとする。

「じゃあ、それだけいいたかっただけだから。お前も仕事の方頑張れよ」

彼はそういって彼女の頭を少し撫でてから、その場から離れていった。

稚沙は思わずそんな彼の後ろ姿を目でおった。

(あんなに潔いと、何だか逆に調子が狂いそう……)

そして椋毘登(くらひと)の姿が見えなくなると、彼女はまた再び歩き出していった。





一方椋毘登の方はそのまま、今日一緒に小墾田宮(おはりだのみや)に来ていた蘇我馬子(そがのうまこ)の元にやってくる。

「叔父上、お待たせしてすみません。用件は丁度今終わったところです」

「おお、そうか。椋毘登ご苦労だったな。お前に護衛だけさせるのは、本当に勿体ない。
まぁいずれは、それなりの位を授かるようにはしてやるさ」

蘇我馬子は椋毘登の肩を叩きながら、嬉しそうに笑ってそういった。

「はい、ただ位にはそこまで関心はありません。蘇我一族の為に生きることが、俺の唯一の願いですから」

彼は馬子にそういって、軽く微笑んだ。

「まぁわし的には、そこまで追い詰めなくても良いと思うがな。お前の変に真面目な所は父親そっくりだ」

「いえ、父上の方が、俺よりも全然真面目な人です。まぁ、昔からそういう人ですから……」

それを聞いた馬子も、椋毘登の父親の性格は十分に理解していた。

「小祚は人は良いのだが、余りに欲が無さすぎる。それがあいつの唯一の欠点だな。
とりあえず臣の姓を持ち、大仁の位にはいるが」

馬子は椋毘登の父親であり、自身の弟である小祚が少し残念に思えて仕方ない。

「まぁ、父上はそういう人ですからね……では叔父上、そろそろ蘇我に戻った方が良いのではないですか?今日は余り長居出来ないですから」

「あぁ、そうだな。では蘇我に戻るとしよう!」


こうして2人は厩に行き、馬に乗るとそのまま蘇我へと帰っていく。

椋毘登はその帰りの道中、先程の馬子との会話を思い出していた。

自分にとっては蘇我の繁栄こそが全てだ。それは今後も変わることはないだろう。

そうやって自身は今まで生きてきたのだ。


(その為なら、位だろうが、自身の幸せだろうがどうでも良い。
一族の繁栄以外に望むものなんて、今の俺には何もないのだから……)