翌日稚沙(ちさ)は、とても嬉しそうにしながら、宮の中を歩いていた。

(まさか、あの厩戸皇子(うまやどのみこ)と一緒に外に出られるなんて……)

昨日の思いがけない厩戸皇子の提案のお陰で、彼女の今の喜びは最高潮に達していた。

厩戸皇子と一緒に出掛けられるなら、その後は自分の人生が終わっても構わない。それくらいの心地である。

そんな彼女の幸せに釘をさすように、誰かが彼女の名前を呼んだ。

「おい、稚沙!」

彼女は誰だろうと後ろを振り返る。するとそこにいたのは蘇我椋毘登(そがのくらひと)だった。彼を見るのは、前回の言い合い以来である。

(また、蘇我椋毘登なの……前回のこともあるから、彼の顔を見るのはちょっと嫌だな)

とはいえ、もう振り向いてしまったので、このまま逃げる訳にもいかない。

「あら、椋毘登。何かよう?」

「お前のそのいい方、何か少し棘があるな」

彼はそういいながらも、彼女の元にやってくる。

(そんな風にしたのは、どこの誰よ!)

稚沙は椋毘登が側までやってくるも、尚も愛想のない表情のまま彼にいう。

「それで椋毘登、どうかしたの?」

稚沙はまだ椋毘登のことを許してはいない。
なのでどうしても自然といい方がきつくなってしまうようだ。

「いや、別に用はないんだが、お前また何かあったのか……」

「え、何かって?」

彼は何故そんなことを自分に聞いて来るのだろう。今はただ宮の中を歩いていただけである。

「お前がさっきから、えらくニヤニヤして歩いていたから、何かよっぽど嬉しいことでもあったのかと思ったんだよ」

どうやら、昨日の厩戸皇子との約束で喜んでいたことが、顔にそのまま現れていたようだ。

「え、うそ、そんなに分かるものなの?」

「あぁ、誰が見ても、間違いなく気が付くくらいにな」

彼がそこまでいうのであれば、恐らく本当なのであろう。

(あぁ、どうしてこうも顔に出てしまうのよー!!)

稚沙はそれを聞いて思わず、恥ずかしくなってしまった。

「お前がそこまで喜ぶ事なんて、仕事で良いことがあったか、厩戸皇子絡みぐらいだろ?」

(やっぱり椋毘登って、凄く勘が良い……)

「べ、別にそんなのあなたに関係ないでしょう?悪いことがあった訳でもないんだから」

こんないい方をすれば、また彼に恨みごとの1つでも突きつけられると思い、彼女は思わず身構える。

だが今回の彼は少し様子が違っていた。

「あぁ、悪い。別に無理に理由を聞きたかった訳じゃない。ただ余りにお前の顔がにやけていたから、一言いっておいた方が良いかと思ったからさ」

彼は前回と違って、稚沙に割と普通にそういってきた。
そんな彼からは、少しも嫌な感じがしない。