どうやら椋毘登(くらひと)の方は、まだ不機嫌さが残っているようだ。

「まぁ、相手はあの蘇我馬子(そがのうまこ)の息子だからな。この宮にいる娘達なら、皆関心は持つだろうけど」

「確かに、そうね。あの感じだと、若い娘達からも凄い好かれそう」

稚沙(ちさ)は今まで厩戸皇子(うまやどのみこ)しか見てなかったので、他の男性には全く感心がなかった。
だがそれを抜きにしてみれば、蝦夷(えみし)も悪くはないと思う。

「へぇー、お前も蝦夷みたいな男が好きなのか?それは意外だったな」

椋毘登は少し意地悪そうにしながら、彼女にそういった。

「べ、別にそんなんじゃない!それに私だって。た、他に想う人もいるから……」

稚沙は言葉の最後だけ小さくしていった。
別に相手が誰であれ、好きな気持ちは変わらない。

「ふーん、お前でも想う相手がいたのか。でもそのいい方だと、どうせ単なる片思いだろ?」

それは全くもってその通りなので、彼女は彼によういい返すことが出来ない。


そんな時である、ふと「あ、稚沙ここにいたのか」と誰かが彼女の名前を呼んだ。

2人が思わずその相手を見ると、そこに現れたのは、厩戸皇子であった。

彼は2人がどんな会話をしているか全く分からないままで、その場にやってくる。

「厩戸皇子、ご無沙汰しております!どうかされたのですか?」

稚沙は厩戸皇子が来てくれたことで、やっとこの場から解放される気がした。

「いや、君が俺を探していると聞いたから、何かあったのかなと」

それを聞いて稚沙は思わず『しまった!』と思った。

(今日厩戸皇子を捜している時に、何人かに彼の居場所を聞いていた……)

「えぇーと、皇子すみません。今日は皇子が来られると聞いたので、ちょっと会いたいなと思っただけなんです」

稚沙は申し訳なさそうにしながら、彼にそういう。

まさか厩戸皇子の方が自分を探してくれていたなんて、まるで夢にも思わなかった。

本来ならとても嬉しいことではあるが、今はとなりに椋毘登がいる状況である。

(椋毘登がいるから、今は素直に喜べない)

「なんだ、そうだったのか。なら無事に会えて良かったよ。だが今は稚沙達も取り込み中のようだし、俺はこれで失礼するね」

「はい、皇子のお心遣い、本当に感謝します。ではお気を付けて!」

また椋毘登の方も厩戸皇子に対して、軽く会釈をする。

それを見た彼は「じゃあ、失礼する」とだけいってその場を離れていってしまった。

(あぁー良かった、何とかなったわ……)


稚沙はとりあえず安心した。
厩戸皇子にはまた今度会った時に、ちゃんと説明しておくとしよう。