「私馬に乗ったのは、実家にいた頃以来なんです!やっぱり気持ち良いですね!」

稚沙(ちさ)はとても嬉しそうにして彼にそう話した。彼女の実家がある地域では、沢山の馬を見ることが出来る。
さらにここから西に向かっていくと、生駒山も見えるだろう。

「そうか、それは良かったよ。
今日は天気も良いからさぞ気持ち良いだろうと思ってね。
それに、こいつも気分が良さそうだ!」

蝦夷(えみし)はそういって、自分達が乗っている馬を見る。先程の暴れようとは打って変わって、とても機嫌が良さそうだ。

「しかし椋毘登(くらひと)のやつ、女の子に対してあんな言い方しなくても良いだろうに。
あいつ人前では割と愛想良いのに、君には割りと素だったな……」

(確かに彼はそんな感じがする。古麻(こま)の時もそんな感じだったし)

「まぁ、私は最初彼に疑われるようなことをしてしまったので、それが原因かのかもしれません」

「疑われるようなこと?」

稚沙はとりあえず、蝦夷にこれまでの経緯を説明することにした。

蝦夷もその話には流石に驚いたようである。だが話の最後の方では、思わず吹き出して笑いだしてしまった。

「なるほどね。君と椋毘登は何かと鉢合わせの場が悪かったんだろう。
まぁちょっと気になっただけだから、別に気にしなくて良いよ」

それからさらにしばらく走った後、彼らは馬を少し休ませることにする。
そして2人は馬を木に繋げると、その側に並んで座った。

今は春先だが、ふわりとなびいてくる風がとても心地よかった。

「こんな穏やかな日は久々ね。最近は本当に大変なことばかりだったから」

「まぁ、ここにくるまでに聞いた話の限りだと、そんな感じがするな」

蝦夷は彼女にそういうと、そのまま後ろに倒れて寝そべってしまった。

「えっと、蝦夷殿……じゃなかった蝦夷は、今日は小墾田宮(おはりだのみや)に用事があってきたのでしょう?」

彼は椋毘登よりも少し年上だが、何故か普通に話ができる感じだ。
それぐらい彼は、とても気さくな性格のように思える。

「あぁ、宮の人間に用事があってね。ただそれも終わって、今は椋毘登の仕事が終わるのを待っている。今日はあいつと一緒に帰ろうかと思ってね」

「まぁ、それで馬を走らせることにしたのね」

稚沙もさすがに彼が、小墾田宮に遊びにきているとは思っていない。

また彼がこの小墾田宮に出入りするようになったのも、恐らくここ数年ぐらい前からであろう。

「そういうことだ。でもそのお陰で君にも会えた訳だし。まぁ、それなりに得はしたかな」

(それは馬が暴れだした件があったから?うーん、良く分からない……)

稚沙はどうして彼が、自分と会うことで得をしたのか?
その理由が良く分からなかった。

それから2人は少し雑談をしたり、そのままゆったりと外の景色を眺めていた。