そして彼女が倉庫にたどり着くと、中から1人の娘がいきなり飛び出してきた。

「え、古麻(こま)?」

古麻とは、稚沙と同じで、ここ小墾田宮(おはりだのみや)に使えている女官の1人だ。
歳は稚沙より2歳年上の16歳で、彼女は稚沙からすれば一番歳が近い女官でもある。

古麻と呼ばれたその女官の娘は、倉庫から出てくるなり、稚沙に突然飛びついてくる。

そして彼女は少し早口になりながら、稚沙に一気に話しだした。

「ち、稚沙、大変なの!さっき倉庫に入ったら、中が誰かに荒らされてたわ!!」

「え、倉庫が?」

それを聞いた稚沙は、年上の古麻のこの慌てぶりを目にし、きっと彼女がいっているのは本当なのだろうと思った。

そして自分も倉庫の中を見てみることにした。

すると古麻のいうとおり、木簡やら珍しい書物、置物や布物など、色々な物が派手に散らかっていた。

「本当だわ。朝はこんな話出てなかったし……一体誰が何の為に?」

この倉庫は炊屋姫(かしきやひめ)の所有の倉庫である。なのでこの宮の限られた者しか普段は入らない所だ。

「私もさっき、この倉庫にきてみたらこの有り様で……ひとまず何か貴重な物が盗まれた形跡は無いと思うのだけど」

古麻はこの自体に、酷く動揺しているようだった。

「古麻が別に悪い訳でもないと思うし、とりあえず炊屋姫様にお伝えはしないと」

稚沙はとりあえず、古麻と2人でこの現状を炊屋姫に伝えるべきだと考える。

だが古麻はかなり動揺しているようなので、変わりに自分が説明した方が良いかもしれない。

(でも犯人は、いつきて逃げたのかしら?私がここにくる時も、怪しい人影なんてなかったのに)

その時である。彼女の脳裏にふと、先ほど見かけた蘇我椋毘登(そがのくらひと)のことが浮んだ。

「もしかしたら……彼が」

稚沙は急に思い立って「ごめん、古麻!私ちょっと気になる人が浮かんだから、その人の所に行ってくる!」というと、直ぐさまその場を走り出していった。

「え、ち、ちょっと稚沙!」

古麻はそんな彼女のことを何が何だか分からないまま、呆然と眺めていた。



その後稚沙は、あちこちを走り回って必死で蘇我椋毘登を探す。

(あの人なら倉庫を荒らすなんてこと、きっと難なく出来るはず。
ただそんなことをする理由は分からないけど……)

稚沙は蘇我椋毘登が、この倉庫荒らしの犯人だと睨んだ。
彼ならそんなことをしても、平然としてその後も宮の中を歩いてまわれるだろう。