【BAR 凛】



夜の店が犇めき合う妖艶な街の入り口近くにあるその店は


看板もなければ開いているのかさえ分からない
近寄り難い雰囲気を出している


しかし・・・


一歩中に入れば


「あら、また来たの?」


なんて、女性客には冷たいマスターが出迎えてくれる

実は居心地の良い店


いつも折り目のついた黒いシャツにネクタイ姿
肩位の黒髪を後ろでひとつに縛っているマスターは年齢不詳
若干顔に落ちている前髪は髭すら感じさせない綺麗な肌にアクセントをつけていて

眺めているだけでお酒が進む

高い身長に綺麗な所作
文句の付け所のない美丈夫は
どこからどう見ても男性なんだけれど

風貌からは似つかわしくないオネェ口調で


色々ギャップを感じさせてくれる
ツッコミ所満載の人


きっとお化粧をしてドレスでも着たら
私なんて手も足も出ないと思う


・・・・・・で


そのマスターが歓楽街で醜態を晒していた私を助けてくれた恩人のようだ


「ありがとう」


「・・・いいのよ。お礼なんて
それよりどうしたのよ」


「・・・」


全然言いたくない


けれども、マスターのスーツに鼻水と涙をつけた謝罪もある


「・・・彼が」


そう言った途端に流れ込むあの場面に
悔しくて唇を噛んだ


「噛むんじゃないわよ、傷がつくでしょう?
女はいつも綺麗でいなきゃ」


悔しかったはずなのに
マスターのその言葉にツッコミたくて


「・・・ふ」


少し力が抜けた


「・・・浮気してた」


「ハァ??なに?高嶺の花のアンタが
あの色黒男に浮気されたって?」


いつもは男性客が来るたびに
『タイプ』なんて誰にでも言うマスターが


唯一それを言わなかったのが洸哉だった


言わないばかりか


『色黒よね〜、末路はシミだらけよ』
『背が高くても性格が残念よね〜』
『アンタが居るならメインバンク変えるわ』


顔を見れば悪態ばかりで
お酒の席での戯言を間に受けて笑えなくなった洸哉は店に寄り付かなくなった